第10話 女神の加護

「……ちょっと待って。師匠が『女神の加護』を持ってるって? そんなわけないでしょ、師匠は異世界の人間よ?」

「異世界の人間だからですよ。あなたは、『女神の加護』が長いあいだ発現していないことは知っていますか?」

「……知ってる。もう百年以上『女神の加護』持ちが現れていないって」

「そうです。この世界から失われていた。過去に『女神の加護』を持つ者が異世界に消えてしまっていたんです」


 異世界……つまり、日本だ。

 私の持つ『神の御印』も、『女神の加護』も、多くは血族に現れることを考えると、『女神の加護』の持ち主が日本に行ってしまったせいで、こっちの世界から消えてしまっていたということか。


 じゃあ、師匠は元々はこの世界の人間、それも『女神の加護』持ちの子孫……?


「ミュリカ殿、『女神の加護』に関する知識は?」

「国に幸運をもたらす、くらいしか知らないわ。もう失われてしまったものだったし、私は『神の御印』しか関わりないし」

「では、かいつまんでですがお話ししましょう。まず確認ですが、あなたの『神の御印』は、戦闘時に発動する士気上昇、味方への攻撃力と防御補正、一定範囲内での能力上昇効果など、『ゆう』のものですね」


 そう、私の力は戦闘特化の能力。だからこそ昔、力を欲しがるイオリスや諸侯が私を手に入れようとしたのだ。立場や距離が近い者ほど与る恩恵も大きい。


「一方で、『女神の加護』は常時発動している幸運と癒やしの『優』の力です。『神の御印』に比べるとだいぶ影響範囲は狭いのですが、近付くだけでヒーリング効果と幸運ラック上昇が付与されるので、自然と癒やされたい人間が寄ってきます」

「あー……師匠が衛兵たちに囲まれてたのはそのせいか……納得」

「『女神』の加護だからか、女性には効き目が薄いようなんですがね」

「……それはちょっと師匠にとっては気の毒だなあ」


「というか、そもそもの話として、『女神の加護』は女性が継ぐものなんですけどね」


「……はい?」


 師匠はまごう事なき男ですけど。


「異世界では魔力による制御がなされていないので、何の問題もなく男に継承されてしまったんでしょうね。五年前にこっちに呼び寄せたとき、見て驚きました」

「五年前に……って? え、もしかして、あのとき私と師匠を間違ったんじゃなくて……」

「私がそんなミスをするわけがないでしょう。あなたの魔力を探っているときに隣に『女神の加護』の魔力を見つけて、急遽巧斗を回収したんです。あなたは次の機会に自発的に戻ってきてくれますけど、彼は逃したら回収不可能ですからね」


 何ということだ。あの日、私があそこに師匠を呼んだせいでこっちの世界に来る羽目になってしまったのか。

 この世界にとっては良いことだったかもしれないが、私が師匠の向こうの世界での日常を奪ってしまったも同然だ。


「うう……ごめんなさい師匠、私のせいでこんなドS眼鏡に下僕扱いされて、オラオラな王子に変な契約結ばされて……」

「まあ、懺悔は後々本人の前でして下さい。とりあえず、失われた『女神の加護』が戻ってきた。実はこれが現在、国の機密事項になっています」

「え……そうなの? 私の『神の御印』同様、国の求心力を上げるのに使っているのかと思ったわ」


 アイネルには神と女神の力が宿っていると謳えば、他国も牽制できそうなのに。


「昔はそういう使い方もしていたようですが、こと『女神の加護』持ちは国内でも奪い合いになり、内政を危うくする側面があるのです。『女神の加護』は自分のそばに置かないと益がない分、『神の御印』よりも狙われやすい」

「ああ、だから最初に私に諸侯の関心を誘えって言ったのね……師匠から目を逸らさせるために」

「そうです。過去にここから異世界に『女神の加護』が持ち出されてしまったのも、国内で酷い争奪戦による騒乱があったためだという話ですから」


 なるほど。最終的には師匠を日本に帰してあげたいけれど、最低でも五年掛かる。その間、師匠にはできるだけ平和に過ごして欲しい。

 だったら私がおとりになるくらい、全然構わない。撃退する自信があるし。


「でも、そうなると師匠が男で良かったんじゃない? 女性だったら未婚だし、求婚されて大変だったろうけど、男相手なら変に言い寄ってくる輩もそういないだろうし」

「……それが、そうでもないんですよねえ。すでに二人が引っかかってますし、他に自分の部隊に欲しがっている領主も多い。イオリス殿下に睨まれるので無茶なことをする人間はいませんが」

「ん? 領主たちあたりまでは師匠が『女神の加護』を持っていることを知ってるの?」


「まさか。それじゃ内乱を防ぐ機密にならないでしょう。知っているのはアイネル王とダン様と私、そしてミュリカ殿だけです」

「え、殿下も知らないんだ」

「教えると危ないので」

「……危ないって、何が?」


 怪訝に思って訊ねたけれど、ジョゼはそれに答えず話を戻した。


「とにかく、彼に『女神の加護』の肩書きがなくても、狙う者が多い。だからミュリカ殿には事情を知った上で巧斗を守っていただきたい。彼も相応の剣士ではありますが、味方だと認識している相手に対しての警戒心が薄くて危なっかしいのです」

「ああ……。つまり殿下みたいに下心を持って近付いてくる相手に対して鈍感で無防備なのね……」

「そういうことです。あなたなら『神の御印』による能力補正が付いているのでそうそう負けないでしょうし、巧斗自身があなたの直属の近衛兵を希望しているので近くに置いておけるし、彼を守るのにちょうどいい」


 確かにちょうどいい。恩義がある上に、私のせいでやぶへび的にこっちに呼ばれてしまった師匠を守ることは、使命みたいなものだ。その使命に国王陛下からのお墨付きがいただけるのなら、心強い。


「とりあえず、師匠に不埒な想いで近付く輩を公的にボコボコにしていいってことね?」

「いいですけど、ある程度立場と場合はわきまえて下さい」

「陛下の許可があるなら、殿下を二・三回殴るくらいいいよね?」

「……それなんですが、殿下ともう一人……結魂契約の相手に関してだけは、接触を阻まないように」

「ええ!? その二人が一番危ないじゃん」


「さっきも言いましたが、結魂契約自体はとても良い効果なんです。殿下たちの能力が底上げされることは、国としても歓迎したい。だからあなたには、その二人に関してだけは上手く精神的なエネルギーが補充できるように誘導して欲しいのです」

「いや、ちょっと待って。私にBLの手引きをしろと? それも師匠を使って?」

「そのBLとやらは存じませんが、別に巧斗に性的奉仕をさせろと言っているわけじゃありませんからね。どちらかと言えば、契約主の二人をどうにか教育して欲しいのです。二人とも、アイネル王の諫めも、私の説教も聞きやしないので」


「そんなの、私の言うことだって聞くわけないじゃない」

「大丈夫です。あなたの言をないがしろにすると、巧斗の不興を買う。二人はそれを一番嫌がりますからね。……さて、できました」


 そこまで話して、おもむろにジョゼが顔を上げた。ビルドが終わったようだ。

 手元の契約輪にはガラス玉がきれいにはまっている。


「何の効果もないガラス玉の契約輪……。そういえば、それも機密に込みだって言ってたわよね」

「ええ。これは何ものでもなく、だからこそ使用する者によってあらゆるものになる玉。この従の腕輪を巧斗に着けさせると、本来見えないものが見えるようになります」

「本来見えないもの……。何それ、ヤラシイ」

「何を見るつもりか知りませんが、ヤラシイことになるかどうかはあなた次第です。コツさえ心得ればとても役に立つはず。上手く使って下さい」


 ビルドされた契約輪を差し出されて、私はそれを両手で落とさないように受け取った。


「これは、相手は師匠限定?」

「もちろんです。空玉は完全なる中庸。それを使うには、きれいにバランスの取れた対極の力関係がないと無理なのです。あなたの『神の力』と巧斗の『女神の力』のように」

「ふうん、誰でも使えるってわけじゃないのね」


 まあ、それだけ条件の厳しい稀少なものならば、役に立つものなのだろう。半強制的で、なんとなくジョゼが実験的に我々に使わせたかっただけの気もするけれど。


「ミュリカ殿、その腕輪のことで何かあったら、後で詳しく報告をして下さい。……ではお姫様のお守り、よろしくお願いしますよ」

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