第9話 結魂契約

「一応言っておきますが、魂を結ぶと書いて結魂です」

「あ、ああ、そう……。びっくりした。てっきり師匠が酔い潰れてる間に婚姻を結ばされたのかと……」

「普通は結婚した配偶者と着けるので、関係の意味合い的にはそれほど間違ってませんけどね」

「えええ!?」


 何やってんの師匠! 全然モテないと言いつつ、すでに二人の女から所有権主張されてんじゃん!


「結魂契約の効果は互いの全能力の五%を相手に上乗せできることと、従から主への接触によるヒーリング。それから、主従が一定の範囲内にいる間に限り、主の全耐性が十%増加。性能としてはとてもいいものですよ」

「……確かに、いい効果だわ。でもその内容なら配偶者じゃなくて、自分の能力を補完できる相手と契約する方が得な気がするけど」


 例えば重騎士なら、魔道士と契約をすれば自分は魔法耐性が上がり、相手には力と物理防御の恩恵が与えられるわけだ。上手く使えば弱点を軽減できるのに、わざわざ伴侶に着ける意味はあるのだろうか。


「ところが、そう簡単にはいかないんですよ。結魂とは文字通り魂同士を結びつける、一心同体契約。この術式は効力とその代償のバランスが肝でして。その継続が難しいから、普通は運命の伴侶と言うべく、仲睦まじい夫婦の間でしか交わされないのです」

「継続が難しい?」

「この契約は発動している間ずっと、主の腕輪を持つ者の精神的なエネルギーを消費します。もちろんそのままでは燃料エネルギーがカラになって双方に行動不能のペナルティーがついてしまいますから、補充しなくてはいけない。その補充ができるのは、従の腕輪を持つ者だけなんです」


 なるほど、つまり相互補完の観点からして、エネルギーを補充するのに一番従に適しているのが配偶者だということか。


「それでも、側近の近衛兵とかなら毎日会えるし、そっちと契約する方が数値的に有利な気がするけど……。そうならない理由があるということよね」

「その通り。精神的なエネルギーを補充するとは、主の持ち主を精神的に満たすということです。主の心の燃料を充足させるなんて、ただの近衛兵では難しい。しかしラブラブの配偶者ならいくらでもやりようがあります。雑に言えば、毎日いちゃこらしてればいいんですから」


 ……うーん、想像しただけで頭が痛い。

 そんなものを知らないうちに着けられてるとか、師匠大丈夫なのか。そもそも女といちゃこらって、できんの? あの人。


「しかし……一体どこの女の人が師匠にそんなものを……」

「ん? 巧斗の腕輪の主が女性だなんて、誰か言いました?」

「……え?」


 お待ち下さい。ジョゼが何か変なこと言いました。


「……配偶者同士が着ける腕輪なんだよね?」

「普通はそうですね」

「……師匠のは普通でないと?」

「ははは、本人の知らない間に着けられてる時点でお察し、と言うしか」


 それについてはあんたが言うなって話だけど。

 いや、それより、これはつまり。


「師匠の結魂契約の相手は男なの……!? それも、二人!? 一体、誰が……」


 そこではたと思い出す。

 さっき見たじゃないか、結魂契約の主の腕輪!


「一人はイオリス殿下か……!」

「ご名答です。まあ、配偶者だと補充がやりやすいというだけで、契約者本人が良ければパートナーシップは結べますから、そういうこともありますよね」

「うわあ、ついさっき師匠連れて行かれちゃったんだけど! な、何か不埒なことを強要されたりとかしない?」

「まあ、大丈夫ですよ、殿下は。我々には横柄で高慢ですが、巧斗にはだいぶ弱くて甘いのでね。それよりももう一人の方がヤバい」


 ヤバいと言いながら、ジョゼは何だか楽しそうだ。というか、明らかに面白がっている。


「……もう一人って誰」

「それは秘密です。まあ、会ってのお楽しみですよ。巧斗といれば必ず会う羽目になりますから。……それよりも、どうですか? 説明を聞いてどの宝石を使うか決まりました?」

「この状態でそれを聞くの!?」


 正直、師匠の契約が気になってそれどころじゃないんだけど。

 ……でも、とっととビルドして戻るべきか。師匠にも詳しい事情を聞かなければ。


「私だったら単独使いか、もしくは師匠と所属契約を結ぶか……」

「残念ながら所属契約は一つしか着けられません。普通に考えて他の所属と契約したら裏切り扱いですからね。……まあ、常識的な話で言えばそもそもが、誰かと従契約している人間には手を出さないものですけど」

「師匠は四つも着けてるじゃない。あんたのも含めて」

「言っときますが巧斗の最初の契約者は私ですからね。常識がないのは他の方々です」

「偉そうに言ってるけど、酔い潰して契約した時点で非常識だから」


 しかし、所属契約が駄目だとすると単独にするしかないか。できれば師匠を守るためにも、多重契約の間に入り込みたいところだけど。


「……さてここで、私からもう一つ提案があります」


 宝石を眺めながら考え込んでいると、不意にジョゼがもう一つ宝石を置いた。いや、宝石ではなくただのガラス玉か?


「……これは?」

「ガラス玉です。といっても、錬金術で作られた特殊なものですが。これをはめてみてはいかがでしょうか」

「このガラス玉を? 何の効果があるの?」

「全く、何の効果もありません」


 その言葉にふざけているのかと思ったけれど、ジョゼはガラス玉だけ残して他の宝石を片付けてしまった。

 それから再び居住まいを正し、少しだけ声を潜めた。


「この特殊なガラス玉は何にも偏っていない中庸、何の影響も受けておらず、何の影響でも受ける。空っぽでありながら、あらゆる可能性に満ちている。私のような魔道の探求者には、どんな宝石よりもたまらないお宝です」

「そのあんたのお宝を、私の契約輪に付けるってこと? でも効果はないのよね? ふうん……。じゃあそれでも勧める理由と、契約輪にそれを付けたことによる私への恩恵ベネフィットを教えてちょうだい」


 効果がないと言いながら勧めるのは、逆に何か別の理由があるからだろう。簡潔に回答を求めると、ジョゼが口角を上げた。


「ふふ、あなたは思ったより賢いですね。目先の効果にとらわれることなく、そこに隠された意味に目を向ける冷静さがある。……さっきから見ていましたが、多少感情的にはなるものの、それで判断力が鈍るほどではないし、思考の切り替えも早く、歳の割には思慮深い」

「……何? いきなり人を査定するみたいに」

「その通り、査定をしていたんですよ。機密を共有できる相手かどうか。あなたのお父上が私に一任されたので」


 そう言って、男はガラス玉と契約輪を手に取る。


「父上が一任……さっきの『あのことは任せる』ってやつ?」

「そうです。ダン様は自分が娘に甘いことを理解していて、その判断に感情が影響することを避けたかったのでしょう。でもまあ、合格です」

「待って、いきなり何なの機密って。帰ってきて早々、この世界の現状はまだ把握してないし、それを私が知ったところでどうするの?」


 こんなところでそんな話が出てくるとは思いもしなかった。もしかして機密って、このガラス玉のことなんだろうか?


「大丈夫。『神の御印』による能力は申し分ないし、何よりあなたには巧斗を守ろうという意気込みがある」

「……師匠が何? 機密って、ガラス玉に関する話じゃないの?」

「まあ、それも込みですね。……とりあえず、これの取り付けは決定で」


 言いつつ、ジョゼは装飾細工用の工具を取り出した。


「では、この空玉の取り付けをしつつ、詳しい話をお聞かせしましょう。巧斗の持つ『女神の加護』についてです」

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