第8話 契約輪

「ああ、いらっしゃい、ミュリカ殿。いらっしゃると思って契約輪の宝石はいろいろ準備しておきましたよ」


 ジョゼのラボに着くと、すでにテーブルの上のトレイに宝石が並んでいた。私が今来るとどこで知ったんだ。……まさか魔法を使って盗聴していたのではあるまいな。


「……父があんたに『あのことは任せる』と言っていたんだけど」

「ほう……、そうですか」


 男はにやりと笑ってから、何事もなかったようにテーブルについた。それから、私に向かいの席に座るように勧める。

 宝石を間に挟んで向かい合うと、ジョゼはすぐに話を始めた。


「まずは契約輪をビルドしてしまいましょう。お父上からこれについて何か説明は?」

「主と従の契約ができることと、ターコイズが所属契約だってことくらいしか聞いてないわ」

「ふむ。では単独使いの説明からしましょうか」

「……単独使い?」

「自分一人で腕輪を完結する仕様です。右手に主、左手に従の腕輪を着けることで、他人に左右されず自分だけの能力を強化します」


 そう言って、ジョゼがトレイの端から順繰りに単独使い用の宝石について説明する。


「ルビーなら腕力増加、エメラルドなら知力増加、オニキスは物理耐性、水晶は魔法耐性、あと、サファイアは状態異常耐性です。代償としてほんの微量の魔力が必要ですが、基本誰でも使えます。戦場で自ら突撃していくタイプにはこれですね」

「へえ、そんな使い方もできるのね」


 父上やアイネル王のように大将として後衛にいるなら向かないけれど、私のように隊を持たず切り込む者にはいいかもしれない。候補として考えておこう。


「単独使いじゃない場合は、誰かと契約ってことよね。どんなものがあるの?」

「そちらは三種類しかありません。単独使いと違って術式が面倒で他に作る気にならなかったせいもありますが、それで大体事足りてしまったので」

「三種類……ってことは、師匠は全部の契約を受けてるってことか」


 師匠は父上との所属契約以外に白い腕輪を二本と紫の腕輪を一本着けている。

 トレイの上に残る宝石は、ターコイズと、ダイヤモンドとブラッドストーン。必然的に、ダイヤが白、ブラッドストーンが紫だろう。


「このブラッドストーンを使った契約ってどんなもの?」

「ああ、これは隷属契約です」


 問いかけた私に、ジョゼは良い笑顔でさらりと答えた。

 ……え? 今、何て?


「……隷属?」

「あ、分かりづらいですか? もっとライトに言うと、奴隷契約です」

「いや、全然ライトじゃないわ! ってか、奴隷って何!?」

「これの効果は絶対服従です。従の腕輪を持つ者は、主の腕輪を持つ者に絶対逆らえません。這いつくばって靴をなめろとか、楽しい命令ができますよ。いかがですか?」

「そんなの誰がするか! ……ん? 待って、ということは……師匠は誰かに奴隷扱いされて辱めを受けている……!?」


 つい脳内で、首輪で繋がれた師匠が無体を働かれている光景を想像してしまったのは、高校のクラスメイトがそのような薄い本を作っていたせいだ。ごめんなさい、師匠。

 その想像は横に置いて、私は義憤に駆られてテーブルを叩いた。


「許せない! 一体誰が師匠にそんな扱いを……!」

「はは、誰でしょうねえ」


 憤る私を前に、あごの下で指を組んで平然と微笑むジョゼ。

 ……その袖口に、紫の宝石をはめた腕輪が見えた。隠すそぶりも見せないあたり、確信犯だ。

 おまわりさん、師匠を酔い潰して奴隷にしたのはこいつです。


「ちょっ……! 犯人はあんたじゃないの! いや、ある意味予想通りだけども!」

「巧斗は私の下僕だと先に言ってたはずですけど」

「……ということは、貴様、師匠にあんなことやこんなことを……」

「あなたの言うあんなことやこんなことがどんなことなのか分かりませんが、とりあえず靴はなめさせてません。最初の頃の巧斗があまりに反抗的だったので、服従させてそのプライドをボッキボキに折ったくらいですよ」


 その様子を脳裏で回顧しているのか、ジョゼはすごく楽しそうだ。


「いやあ、巧斗は無愛想で頑なで非常に嗜虐心を煽るタイプだったので、調教のしがいがありました。おかげでつい興に入ってしまうこともしばしばで。……ふふ、まさかそのせいで、あんなにしおらしくなってしまうとは思いもしませんでしたけど」

「……そうか、あの師匠の変わり様は、あんたのせいか……!」


 この性悪ドS男の毒牙にかかってのあの人格変化だったのか。一体どれだけ酷い仕打ちを受けたのだろう。かわいそうな師匠。


「あんた、マジでクソ野郎ね……。とりあえず、もう師匠の調教とやらは終わってんでしょ? だったらもう隷属契約外しなさいよ」

「お断りします。今は今で、私と顔を合わせただけで怯える彼の様子が楽しいので。……それに、隷属の術式は私が最初に作ったものなので、他の契約よりずっと手が込んでいて面白い効果があるんですよ」

「……面白い効果って?」

「それは秘密です」


 きっと、ジョゼにとって面白いだけの効果なんだろうな……。全く、嫌がらせにもほどがある。

 従の方からの契約破棄はできないし、主の腕輪を持つこの男が師匠を解放する気になるまではおそらくこのままだ。ああもう、忌々しい。


「さて、ミュリカ殿が隷属契約に興味がないのでしたら、最後はこちらですね」


 憤懣やるかたない私をよそに、ジョゼは次にトレイからダイヤモンドを取り上げた。

 そうだ、まだこれがあった。

 師匠も二つ着けさせられている白い腕輪の契約だ。


「これも変な契約じゃないでしょうね……」

「この契約自体は極めてオーソドックスなものですよ。契約輪を着けている方々のおよそ半分は、このダイヤによる契約を使用しています」

「そうなんだ。どんな契約なの?」


 そういえばイオリスが着けているのもダイヤの契約輪だったっけ。王族や領主たちの半分が採用している契約なら、さすがに変なものではないだろう。それに少しだけ安堵して訊ねる。


 しかし、次にジョゼがくれた答えの言葉の響きに、私はたっぷり五分ほど固まる羽目になった。


「ダイヤを使ってするのは、結魂契約です」

「……ケッコン!?」

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