第7話 父上との再会
……一体、いつまで泣いてるつもりだろう。
師匠たちと別れて来賓室に入った私は、そこで父上と十年ぶりの再会を果たした。
相変わらず熊のような体格をした父上は、私の顔を見た途端に泣き出して、以来一時間近くこの状態だ。
「ミュリカ、本当に母ちゃんに似てきれいになって……」
「それもう何回目よ。そろそろ泣き止んでくれない? 父上が泣きすぎて、私の感慨が失せるんだけど」
感動の再会はもはや半分呆れにすり替わっている。
「異世界がここより安全だとは言っても、ずっとお前が心配だったんだよ。五年前に巧斗がここに来て、ミュリカが元気に生きていることは聞いていた。でも、お前は可愛い一人娘だぞ? こうして会うことができるまでは気が気ではなかった」
「はいはい。それでも、いい加減泣き止んでちょうだい。私はずっと異世界にいたせいで、ここの情勢が全く分かっていないわ。隣国との状況も分からない。その辺りをまずインプットしたいの。まず周辺地域の情報が欲しいわ」
一人娘だからこそ、安穏としてはいられない。私は父上を補佐してサラントを、ひいてはアイネル王国を守るのだ。それが『神の御印』を持つ者の義務でもある。
「それから、私の代わりに間違ってこっちに引っ張られて来ちゃった師匠を、向こうの世界に帰してあげなくちゃ」
「師匠って……巧斗のことか? そういえば、お前の案内に遣わしたはずだが、どこに行った?」
今更のように父上がきょろきょろと辺りを見回した。いや、気づくの遅いでしょ。
「この部屋の前で待ち構えてたイオリス殿下に連れて行かれたわ」
「イオリス様に? ……あー……黙って連れてきたのに結局見つかったか……。衛兵の反応でバレちまうんだよなあ」
「何か問題でもあるの?」
「問題っていうか何というか……」
その時ふと、答えに窮してあごをさすった父上の手首に、宝石のついた青い腕輪がはめられているのを見つけた。
師匠と違って、父上も着けた腕輪は一本だけだ。
……流行とは関係なさそうな父上まで腕輪を? ってことはもしかして、これってただのアクセサリーじゃないのか。
「……父上、その腕輪は? 師匠も殿下も着けていたけど……」
「ああ、うん、そもそもこれがな……。とりあえずお前にも渡しておくか。アイネル王がミュリカにも必要だろうと持ってきてくれたのだ」
そう言って手渡されたのは、薄いグレーの二本の腕輪だった。よく見ると稀少なオリハルコンでできている。二本それぞれに魔法言語による術式が彫り込まれていて、片方の腕輪にだけ宝石をはめるくぼみが空いていた。
「これって魔道具? 今父上が着けてるのはこの宝石をはめる方の腕輪よね」
「そうだ。これは契約輪と言ってな。ジョゼ魔道士が作った術式が組み込んである。とても高価なもので、王族と各地の領主しか持っていない。お前は『神の御印』持ちということで特別にご配慮いただいたのだ」
「……契約輪……」
ジョゼが作ったというのがなんとなく胡散臭いが、魔法知識だけは突出している男、こういう力を見込まれての筆頭魔道士ということなんだろう。
「こちらの宝石をはめる方の腕輪が主、もう片方が従となる。一人で二つ着けることもできるが、基本は主たる自分と、従契約する誰かとで別々に着けることになる」
「つまり主の腕輪しか着けてない今の父上は、誰かを契約して従えてるってことね。……ん? もしかしてその誰かって」
「巧斗だ」
そういえば師匠の手首には一本、父上と同じ青い腕輪があった。そして他に三本……。
「ってことは、師匠って他に三人も従契約してるの!? これって、国の一握りの偉い人しか持ってない、稀少な腕輪なんだよね……?」
「一応、正式な契約をしているのは俺だけだ。巧斗に聞いた話だが、他の三つは潰れるまで酒を飲まされて、起きたら着けられてたらしい。おそらく巧斗は他の腕輪の契約内容も知らんだろうな……」
父上が何だか遠い目をしている。
「契約の内容って、はめる宝石によって変わるの? 腕輪の色も変わるよね。あれは魔法術式と宝石が反応して活性するからなのかな」
「そうだ。ちなみに俺の腕輪の宝石はターコイズ。巧斗とは所属契約というものになる。巧斗には俺の所属である限り、腕力と知力が十%上昇する効果があるんだ。逆に裏切ると力が五十%減ずる。俺には巧斗の上昇した能力の十%が上乗せされて、ペナルティはない」
「へえ、良い効果だわ。主の腕輪の持ち主の方が条件が良いのは仕方ないけど、従属側の腕輪も悪くないのね」
「まあ、契約内容によるけどな……」
腕を組んだ父上は、ぼそりと独りごちた。
何か気がかりがあるのだろうか?
「他の宝石の契約内容って、どんなのがあるの?」
「あー……うん……説明が難しいんだが……。ああ、そうだ。どうせミュリカも契約輪をビルドしないといけないし、ジョゼ魔道士のところに行って説明を受けてきたらどうだ。宝石の付け外しは彼しかできないんだ」
「ジョゼのところに? でも、時間が掛かるかも……」
あの男には言いたいことがいろいろある。その上、契約輪の説明とビルドまでしてもらうとなると、結構時間が掛かりそうだ。
そう思ったのだけれど、目の前の父上は椅子の背もたれに身体を預けて待機モードに入った。
「巧斗をイオリス様に連れて行かれた時点で、すぐに帰れないのは決定している。気にせず契約輪を作って来なさい。どうせ巧斗はジョゼ魔道士に会うのを嫌がるから、こっちは最初から他の者に案内させるつもりだったし」
「……師匠はジョゼが嫌いなんだ」
「嫌いというより、怖いらしい。……まあ、お察し、だな」
そういや、ジョゼは師匠を『下僕』などと言い放っていたっけ。全く、一体何をしてくれたんだ、あの男。その辺も問い詰めねば。
「……わかった。ちょっと行ってくる」
「ああ、行っておいで。それから、ジョゼ魔道士に会ったら、『あのことは任せる』と伝えておいてくれ」
「……? 了解」
父上の伝言も携えて、私は来賓室を出、ジョゼのラボラトリーに向かった。
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