第6話 イオリスと巧斗

「……待ってたぞ」

「殿下……!? 何でここに?」


 イオリスはふてくされた様子で腕を組み、来賓室の扉に寄りかかっていた。

 さっきは興味なさげにしていたくせに、どういうつもりだろう。これでは父上のいる部屋の中に入れない。

 それに、待っていたって何。

 謁見の間からわざわざ王族用の別ルートで先回りかよ。


「殿下、そこを退けていただかないと、部屋に入れないのですけれど」

「ふん、貴様はとっとと入れ小娘。俺が待ってたのは巧斗だけだ」

「……師匠を待ってた?」


 イオリスが腕組みを解き、扉から少し離れてあごをしゃくる。私には早く行けということらしい。

 驚いて師匠を見ると、彼は少し困ったように眉尻を下げていた。


「ダン様の使いで美由……ミュリカ様をご案内してるんです。俺も部屋に入って二人の再会を見届けたいのですが」

「衛兵詰め所まで迎えに行ったのに、小娘の案内に出たというからわざわざここまで来て待っていたんだ。その俺をないがしろにする気か」

「……いや、そもそも今回王宮に来たのはミュリカ様に会うためなので……。すぐにサラントへ帰りますし、殿下の剣術のお相手もできませんから、俺と会ってても時間の無駄ですよ?」


 ふむ、二人に何のつながりがあるのかと思ったら、どうやら師匠はイオリスにも剣術を教えているようだ。

 そういえばアイネル王が、最近イオリス王子に良い師がついて暴走しなくなったと言っていたっけ。あれってもしかして師匠のことだったのかな。


「……お前にとって俺と会うのは時間の無駄なのか」


 あ、師匠の言葉に王子が拗ね始めた。不満げな様子で、手首に着けていた白い宝石のはまった腕輪を弄っている。


「時間が無駄だから、修練以外で俺と関わりたくないと最初におっしゃったのは殿下ですが……」

「うぐ、そ、それは、もう五年も前の話で……。今は一応お前のことを師だと認めているし、せっかく王宮に来たなら話くらい……」

「はあ……? お話とは? 何かご用事でしたら、わざわざ殿下がいらっしゃらなくても、衛兵に申しつけて下されば良かったのに」

「……っ、だから、そういうことじゃなくて、だな」


 ……何だこれ。イオリスの態度がさっきとまるで違うんですけど。


 でもまあとりあえず、想像以上に王子は師匠に好意的なようだ。それは私でも分かる。

 ただ、当の師匠がまるで分かってない。この人、女性だけじゃなく男性からでも、婉曲的な好意には鈍感なんだなあ。

 だったら逆にイオリスが、「巧斗と仲良くしたい」とでも素直に言えば簡単なのだが、この男はこの男でプライドが邪魔をしているんだろう。


 おかげで妙な沈黙と緊張感が辺りに漂い始めた。

 この状況に不思議そうに首を傾げる師匠に、殿下も次の言葉を迷い、攻めあぐねている。

 ……このままだと長期戦になるぞ、コレ。


 ……うーん、仕方がない。

 イオリスは師匠に対して害意はないようだし、だったら今回は私がこの場をおさめてやるか。

 私が父上と会ってしまえば、師匠の任務は一応終了するし。王子の機嫌を損ねると後が面倒そうだし。


「師匠、父上には私が言っておくから、殿下のお話を聞いてあげて下さい」

「え……そう? じゃあ、用事が済んだら後から行くから」


 そう言って困惑気味に頭を掻いた師匠の袖口から、再び腕輪が見えた。王子も着けているし、もしかしてアイネル王国の今の流行なのだろうか?


 ……それにしたって、イオリスでも一つしか着けてないのに、師匠は何で四つも着けているのかな。紫色が一つ、青が一つ、そして王子と同じ白が二つ。こういうの、邪魔くさくて嫌いだと言ってたはずなんだけど……。


 性格が変わって、好みも変わったのかな。……まあいいか、今は。


「それでは、殿下。私は失礼しますので」

「う、うむ。……では巧斗、ここで立ち話も何だから、中庭のテラスに行こう。茶と菓子も用意させてあるし、タロウとハナコもいる」


 あ、なんかもう準備万端でのお誘いじゃないか。だったら最初から素直にお茶に誘えばいいものを、面倒な男だ。


「タロウとハナコが……!?」


 そして殿下の言葉を聞いた途端に、イオリスの誘いに困惑気味だった師匠が瞳を輝かせた。


「タロウとハナコ? ずいぶん日本風な名前……」

「殿下が飼っている犬なんだ。俺が名付けたんだが、見た目が完全に柴犬でな。もうとにかくモフモフで可愛いんだよ!」


 ああ、犬か。そういえば師匠は昔から犬好きだったな。もちろん以前は犬を前に、こんなふうに感情を顕わにしてはいなかったけど。

 しかし、こうして何の飾りもなくにこにこしている師匠は、おっさんなのにずっと年下の私から見ても可愛く見えてしまう。

 なんとなく、彼を見るイオリスの表情も緩んでいる気がする。


「じゃあ、俺は殿下と中庭に行ってくる。美由、悪いがダン様にお伝えしてくれ」

「うん、わかった。また後でね」


 師匠と軽く言葉を交して。

 彼らの背中を見送ってから、私はやっと来賓室の扉に手を掛けた。

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