第5話

「さて、明日から向かう場所を決めたいんだけど、何か意見はあるかな?」

 晩飯のあと、王女にも僕らの部屋に集まってもらって会議をした。

 僕の発議に対して、二人は無表情でかるく顔を俯け、沈黙を守った。進まない会議でよく見る光景だ。

「もしなければ、とりあえず北西部山岳地帯の麓の村を目指そうと思うんだけど、どうかな?」

 無言。

「……じゃあ賛成の人は手を挙げてくれるかな?」

 無言で挙手。

「うん、えーと、じゃあそういうことで。他に何か話し合っておきたい事はあるかな?」

 無言。

「……うん。それではこれで会議を終わります」

 早い。が、虚しい。

 僕一人しか発言しない会議は、会議と呼べるのか。

 王女が大臣ジュニアをじっと見つめ、大臣ジュニアは一度僕を見てから王女に視線を戻し頷いた。

 どういうアイコンタクトなのか問いただす間もなく、王女はペコリと会釈をして、自分の部屋へ戻っていく。

 おやすみ、と手を振った大臣ジュニアは、僕に向き直るや否や僕の荷物を指差して言った。

「勇者先輩、王女がその本が気になったらしいんすけど、よかったら貸したげてくれません?」

「本?」

 僕が荷物を見遣ると、一度広げてから適当にまとめた荷物から、絵本がはみ出していた。

 図書館で借りた絵本を、間違えて持ってきてしまっていたらしい。

「図書館の本だけど、すぐ返してもらえるなら構わないよ」

「あざーっす! じゃあ俺、今渡して来ちゃいますね! すぐ戻ります!」

 僕が止める間もなく、大臣ジュニアは絵本を引っつかんで部屋を出ていってしまった。

 王様の頼みが脳裏を過ぎる。だけど正直、あまり野暮なこともしたくない。

(10分経っても戻らなかったら呼び戻しに行くか……)

 ぼんやりそう考えた瞬間、部屋のドアが開いて大臣ジュニアが戻ってきた。

「あれ!? 早かったね」

「えっ? だって部屋隣っすよ? 渡すだけだし。ちょっと立ち話しちゃったっすけど」

 彼は僕が思っている以上に真面目か、あるいは草食系であるらしかった。

「王女喜んでたっす。絵本を読んだことがないから」

「え、そうなの?」

「あと、やっぱり勇者先輩はすごいねって二人ではしゃいじゃって。目的地を北西部山岳地帯の麓の村にするなんて、まじドンピシャだよなーって」

「えっ?」

「俺は今日厨房で聞いたんすけど、最近あの辺りでは家畜の突然変異や奇病が発生してるらしくて、肉の値段があがってるらしいんすよ」

「そうなの?」

「王女はあの村が、大昔は『魔王の故郷』を表す意味の古語で呼ばれてたからだって感動してたっすよ。王家の中でも一部の者しか知らない古い記録を知ってるなんてさすが勇者先輩だって」

 もちろん、どちらの情報も僕は知らなかった。

 地図とにらめっこして、ああでもないこうでもないと苦悩し、最後は結局、最近連日残業してまで処理した書類で見た地名だったからと決めた目的地だった。

 ……あと、妻の出身地はそっちの方角だったからだ。

「……そういう情報があったら、次は早めに言ってくれるかな? 報告・連絡・相談はチームで仕事するときの基本だから。ね?」

「えっでも、俺達が知ってる事なんて勇者先輩はとっくに知ってると思うし……」

「過大評価はやめてくれ。僕はただの凡庸な文官だ。ほう・れん・そう、分かった?」

「は、はいっす。……勇者先輩ってマジ謙虚っすね!」

 大臣ジュニアは何だか感動したような顔で頷いた。

 謙虚とかじゃなく本気で言っているのだが訂正するのも面倒だった。

『使えないオッサンだな』とか陰口を叩かれていないというだけで、僕は十分なんだが。

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