第4話

「勇者先輩はァ、この旅出るのに奥さんとか反対しなかったんすか?」

 1日目の宿屋で、特に脈絡もなく唐突にそう切り出された。

 彼に悪気はない。だからこそ余計にタチが悪い。

 大臣ジュニアは話してみると、頭の悪そうな話し方の割にはそこまで悪い奴ではなかった。

 宿屋でも当然のように、僕と彼で一部屋、王女に一部屋確保してみせたので少し見直した。彼らが同室で僕が一人部屋にされたらどう阻止しようかと思っていたが、杞憂だった。

 ……だが『勇者先輩』という呼び名はどうにかならないものか。

「いや僕は……今は独身だから」

「『今は』?」

「……離婚したから」

「ええっ! なんすか浮気っすか?」

「いや……、違うと思うけど」

 正直この話は、進んでしたいものでもなかったのだが、彼の態度と表情は、明らかに詳細を聞きたがっていた。

 ……まあこれから命を預ける事もあるだろう相手だ。話したいわけじゃないが、絶対隠したいわけでもない。

 僕は仕方なく、二ヶ月程前の事をなるべく軽い口調で話した。

 大臣ジュニアは相槌を打ちながら真剣に聴き入り、最後に溜息をもらした。何かに感心しているような様子だった。

「俺、離婚って、もう二度と顔も見たくないっていうか、同じ空気吸いたくないっていうか、めっちゃ憎みあってするもんだと思ってたっすわ。勇者先輩みたいな離婚もあるんすね」

「僕みたいな、って?」

「だって勇者先輩、奥さん……じゃないか、元奥さんの事今も別に嫌いじゃないんすよね?」

「え」

 そうなんだろうか。

 まあ確かに彼の言うような、二度と顔も見たくないとか同じ空気吸いたくないとか憎みあってるとかそういう気持ちはない。少なくとも僕の方は。

「いやーホント世の中色んな人がいて面白いっすね。結局俺は俺んち両親の泥沼リコン劇しか知らなかったから~」

 大臣の泥沼離婚劇は、僕も忘れられない。あの頃は僕もまだ学生だった。

 ということは、彼はまだ小さな子供だったはずだ。

「君も色々大変だったんだろうね」

「へ? いやべつに?」

「えっ」

「えっ? 勇者先輩の方が大変じゃないすか?」

「いやべつに?」

「えっ?」

 お互いに首を傾げていたが、いつまでもこうしていても埒があかない。

 僕は話題を変えた。

「君達の事が知りたい。武道やってるとか、特殊な知識や技術があるとか、魔法が使えるとか、何かある?」

「わー、なんか就職面接みたいっすね! 自己PRってやつっすかー」

 何だか楽しそうにそう言ったが、もしこれが就職面接だったら彼はきっと今の時点で落ちている。

「そっすね、王女は魔法使えますよ」

「この国の王族はみんな、うまれつき一つだけ魔法が使えるんだったね。どんな魔法?」

「『コップ一杯分の美味しい水が出せる魔法』っす」

「えっ?」

「『コップ一杯分の美味しい水が出せる魔法』っす! マジスゲーっすよね!」

 聞き返しても彼の言葉はかわらなかった。

 無言の僕に彼がそわそわし始めたので、慌てて笑顔を浮かべた。

「あ、うん、すごいね。喉が渇く心配いらないね」

「っすよねー!あとは……武道はやってないっすね。一般女性より少し体力ないかなーってくらい」

「へーそうなんだ……」

 どうしよう。思った以上に足手まといだった。

 残る希望は目の前の彼だけだ。

「君はどうなの? ……そういえば、君の前の配属ってどこだったの? 軍とか?」

「俺っすか? ここ数年は地下牢にいたっす」

「えっ」

「王女と結婚したいって親父に言ったら激おこで、頭冷やせってブチこまれちゃってー」

「えっ」

「地下牢入る前は厨房にいたっす。得意料理はラム肉のハーブスパイスローストかな~」

「へーそうなんだ……それは……ご馳走になってみたいね……」

 微かな希望も潰えた今、僕は何とか気持ちを上向かせようと必死だった。


 その晩の食事は、大臣ジュニアが宿屋の厨房を借りて作ったラム肉のハーブスパイスローストだった。

 とても美味しかった。

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