第2話 混乱 ──なにができるか──

「っ…!?」

感覚が一瞬光と熱に包まれる。

見渡せば周りの雑草は黒焦げだった。

なんだ。なにがおこっている。

「オイオイ、パンピーが何でこの時間まで居るんだよ?下校時間は過ぎてんぞ?」

鏡介は目を凝らし、声が聞こえてきた方向へ顔を向けた。

(鳥の頭に…人の身体?)

「監督役は何やってんだかね。が居るって判らないようにするのが仕事だろ?」

声と体格から察するに男であろう──鳥頭の男は掌に炎を灯し、続けて愚痴をこぼす様に喋りだす。

「相手はまだ学校ここん中にいるんだろうが、パンピー殺したら能力抜かれて消されるしなあ。…?あ?」


なんだ。

なんなんだ。

帰ろうとしたら周りを炎に囲まれ、よくわからない鳥頭がこちらを燃やすと

脅してきている。

こいつは一体なんなんだ。

鏡介の頭には恐い以外の単語が浮かばなかった。

「返事は?…返事もできねえの?まあいいや、殺さなきゃ何してもいいのがルールだ。がどうせ全部元に戻すし?」

「…かはぁっ!…こほっ…けほっ…」

鏡介は何度も声を出そうとするが声が出せない。

喉の奥から出てくるのは音のない悲鳴だけだった。

「あぁ?何?何言ってんのかわからねえんだケド?取りあえずよォ…」


 鳥頭の男が掌をこちらに向ける。

…来る。理由のない暴力が、暴れまわる炎熱が、こちらに襲い掛かろうとしている。

距離は離れているのに、逃げようと思っても体が動かせない。

こわい、にげだせない、だれか、だれかたすけ──

「燃えとけや」


「…っ!」

掌の炎が荒れ狂い襲い掛かる瞬間、二人の間に文字通りの壁が出現した。

(何だ!?)

「間に合った…」

(女の子の声…?)

炎が消えた頃、鏡介の前に壁と代わるように現れたのは鳥頭とは別の人物だった。

「お?おお?出た出た出ましたよ喧嘩の相手が!さっき吹っ飛ばした時には逃げたと思ったけど安心したわ、まだガッコに残っててよォ!」

「……。」

「なんだテメーも口が聞けないのか?そのイカした上着ごと火達磨にしてやらァよ!」

鳥頭の男は両手に炎を纏いながら殴り掛かってくる。

「……。」

フードで顔が隠れており良くわからないが、鏡介を助けた人物──声から察するに少女は右腕をソラに掲げた。

「さっきと同じ様なことしかできねえのかよ!ブァァァカ!」

「…違う」

「ああ!?もう見切ってんだよ!」

フードの少女が掲げた手を鳥頭に向けると、鳥頭を狙い囲うように地面から剣が生えてきた。

「なっ…!?」

「想像力が欠如してますね、貴方」

フードの少女が掌を握りこむと、鳥頭へ剣が殺到する。

獣を迎撃する銛の様に。

外敵に群がる蜂の様に。

地面から文字通り生えてきた剣が、一直線に目標へと走り、獲物に喰らいつく。

「がああっ!クソッタレェ…!!」

「その言葉使い、もう少し奇麗な物に正しては?」


 鏡介は目の前で起こっている事を把握できずにいた。

炎を操る奇怪な男。

地面から剣を生やす少女。

まるで大規模なマジックショーだ。

鳥頭が倒れたことで少し安心できたためなのか、鏡介は咄嗟に声を上げた。

「…お、おい!」

フードの少女は消耗しているのだろうか、肩で息をしながら鏡介の近くへ歩いてくる。

「あれは一体何なんだよ!?」

「貴方が…知るべきことじゃない、アレを…監督役を呼んでくるから…忘れて。関わら…ないで。」

「なっ…」

「死にたく…なければ…私の言う通りにした方がいい。貴方には…関係ない。」

「今目の前で見たのは何なんだ?映画の撮影なのか!?」

「ちっ…!」

フードの少女は即座に剣を突き付ける。

「黙って…いて。今までここで見たことは…貴方が関わっていい事では…ない。」

「うっ…!」

「監督役に話して…もらう。貴方は…これ以上この件に…関わらないで。」

(目が赤く光った…!?)

フードの奥から殺気だった視線を感じた鏡介は、鳥頭の男から感じた物とは

別の恐怖を感じた。

「わ…わかった、もう関わらな…」

「オイオイオイ、イチャついてんじゃねえぞ」

声のする方へ眼を向ける。

起き上がった鳥頭が指先へ炎を蝋燭の様に灯し、こちらへ向け狙いを定めている。

(剣が刺さっていない…!?)

「チッ、掠ったか…。想像力が欠如してんのはテメーの方だったな?」

「な、何で…!?」

「地面から出てくる剣の形で思い出したわ、テメー無銘ノ一ネームレス・ワンだろ?裏切者の番犬ワンちゃんがノコノコ戻ってきて何のつもりだ?」

「貴方…組織の…!」

「んな事どうでもいい。見た感じテメーはそろそろ限界だろうが…こっちはまだ使える。お前を燃やして好き勝手させてもらいたいんで…なァ!」

「危ないッ!」


 鳥頭が炎を放った瞬間、鏡介の体は勝手に動き出していた。

フードの少女の様な能力は無く、鳥頭と張り合おうとすれば簡単に大火傷を負うだろう。

それでも、「理由のない暴力」から助けてくれた人を見殺しには出来なかった。

「ハハハハッ!自分から燃やされに来たか!さっき燃やし損ねた分黒焦げにしてやんよォ!」

「ぐうっ…がぁッ…───」

熱い。自分が燃やされているのに燃えているのは自分かの様な錯覚を覚える。

痛い。痛みを感じるのは自分なのに他人から痛みを与えられている様な感覚を感じる。

「あ…貴方、なぜ…!?」

自分でもわからない。体が動き出した時には少し後悔していたが今は違う。

鏡介は不思議と達成感を感じていた。


 暴虐の炎が消える頃、鏡介の意識はほとんど無くなっていた。

「あー、相手外したけどスッキリしたわ!飛んで火にいる何トカって奴だなァ?ハハハッ!」

「……。」

「次は…テメーだ番犬、今度こそ燃えカスにしてウサバラシをさせてもらう。日頃のストレス解消の為の踏み台になってくれや?」

鳥頭は指先をフードの少女へ向け、炎は少女へと向かう。

少女は動けなくなってもまだ能力を行使しようともがき、抗う。

(私は…終わってはいられない。ここで立ち止まっては…いられない。

敵討ちを…復讐を果たすまでは、死んでなんかいられない。だから───!)


力を振り絞ったその時だった。


『管理者権限行使を申請…承諾』

『当該環境情報を確認開始…終了』

『環境情報改竄点を確認開始…終了』

『情報修復権限受諾…当該情報改竄点の無効化を開始』


 それは突然だった。

鏡介の体は全身大火傷を負っていた状態だったが時間が巻き戻される様に回復し、

何かに釣られるように浮き上がった。

少女へと向かっていた炎はその役目を果たす前にかき消されてしまった。

「管理者権限だ?何言ってるのかわかんねえんだよ燃えカス!まだ燃やされ足り無えなら消し炭一つ残さねェぞオラァ!」

鳥頭は怒りに身を任せ掌から炎を機関銃の様に撃ち出す。しかし炎は鏡介の身体へ届く前に消えてしまい、服を焦がす事は無かった。

「なっ!?」

『改竄因子を確認』

鏡介は鳥頭へ手を向ける。一見何も起こっていない様に見えたが、変化は確実に起こっていた。

「あぁ?見せかけか?何かわからねえが食らえやァ!」

鳥頭は炎の玉を作り出そうとしたが、光はおろか熱すら作り出せていない。

「あぁ!?どういう事だオイ!?」

『当該改竄因子除去を開始』

「があああァッ!」

鏡介が掌を握りしめると同時に鳥頭は怪鳥の様な声を上げ、地面へ膝をついた。

体の一部はモザイクタイル調に変わり始めており、炭酸水の泡の様に光の粒が溢れ出している。

「てめェ…何をした……」

『因子除去を実行中』

「がッ!…クソッ…畜生…!」


「あれは…一体…」

フードの少女は一連の出来事を俯瞰していた。

被害者になりかけていた所を助けたが、自分を庇い火達磨になった次の瞬間に回復し、対戦相手の鳥頭を圧倒している。

更に鳥頭の身体からが出始めた。


あの少年は一体何なのだろう?


「おー、ヤバいなありゃ。まあ時間も時間だしここらで潮時かねェ。」

声のした方へ体を向けると、そこにはが立っていた。

「中止だな、こりゃあ。」

監督役はそう呟くと二人の元へ一直線に向かい、仲裁へ向かった。




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