第1話 邂逅 ──はじめまして──
『9月1日、金曜日。おはようございます。朝のニュースをお届け…』
「おはよう。出来てるよ、朝ご飯」
朝。青年──
「ん、ありがと」
『以上のことから、警察では愉快犯集団ヒャクメによる犯行と見ており捜査を…』
朝食を食べながら朝のニュース番組を観ていると、弟は呆れながら愚痴をたれる。
「兄ちゃんもいい加減料理憶えてくれないかなあ」
「お前の方が手際がいい。適材適所って言葉あるだろ。」
「俺ばっかりじゃん作ってるの。」
「代わりにゴミ出しは行ってる。」
「ま、小学校の時からやってる事だからいいけど。…そろそろ出るね。お皿は流し台
でいいよ。帰ってから洗う。」
「分かってる分かってる、行ってらっしゃい。」
弟を見送り、食事と片付けを済ませて戸締りをし学校へ。
今日からは新学期が始まる。
「…であるからして、生徒諸君には夏季休暇が終わった今でも気を抜く事無くこの
校長の長々とした訓辞を聞き終えて教室へ。
──久しぶり、ユースタで見たよ!彼氏と旅行でしょ?いいなぁ…
──昨日の観てたよな?あの演出がさあ…
──だりいよなあ。HR終わったらカラオケでも…
──はい、じゃあHR始めるねぇ。いいんちょさん号令をお願いしまーす
なんてことはない、小学校から変わらない。このHRが終わったら家に帰るだけ。
「じゃあここで重大発表でぇーす!」
「何?あーちゃん先生。やっと婚活終わったの?」
「…入ってきてくださーい」
ゆるふわっとした担任に呼ばれて教室へ入ってきたのは、制服と身長で女子だと判別がやっとできる風貌の、美少女とも美少年ともとれる印象の銀髪の生徒だった。婚期をイジられ気を落とした担任とざわつく教室内を気にも留めず、鈴の音色のような凛とした声で自己紹介を始め出す。
「
「五十嵐さんは髪の毛が少し変わっているけど自毛ということなので皆イジらないであげてねぇ。席は…岡田君の隣でオッケー?」
転入生、五十嵐は未だざわついている教室といつの間にか立ち直った担任を
(ガチ恋した限界のオタクか何かか…。)
「じゃあ五十嵐さん、もう二学期になっちゃったけどこれからよろしくね!…さて、一学期に話した体育祭と文化祭なんだけど──」
HRが終わった後、真っ先に鏡介ヘ話しかけてきたのは泣き止み更にテンションが上がっている岡田だった。
「来た来た来たッ!我が世の春が来たーッ!」
「うるさいよオマエ。そもそも泣いてて全く会話してねえじゃねえか。一目でガチ恋して感極まったドルオタかよ」
「いいんだよこれから仲良くなっていくんだから。バラ色の人生が目の前に待ってるのが手に取るように
「ま、バラ色の人生かどうかはわからないけどなあ」
そう言って二人の会話に割り込んできたのは宮崎だった。
「五十嵐さん…だっけ?ものすごく”話しかけるなオーラ”出してるし。クラスの女子勢が話しかけても事務処理でもこなすかの様な塩対応だ。これはクラス内で孤立しちゃうんじゃあないか?これから文化祭とか行事オンステージだってのに」
「オンパレードな」
「だったら準備で困っている所を助けて足がかりにすれば…ヨシ!」
「ヨシ!ってお前…いや、まあいいか」
「あ、そうそう。鏡介お前
「またか…なんか気に入られてるんだよな俺。まあ手伝い終わったらジュースおごってくれるからいいんだケド」
「お前夏休み中も手伝ってたって聞いたぞ、野球部員から聞いた。よくやるよなホント」
「報酬がジュースって…小学生かよ」
「貧乏だとなんでもありがたみを感じられるんだよ。じゃ、また来週」
鏡介を呼んだ教師──司書を兼任している
(手伝い終わらせてジュース貰ってさっさと帰るか。)
「失礼しまーす。」ノックをするとよく響くテノール歌手のようないい声で返事が聞こえてくる。
清古先生…セコセンはボサボサとした白髪混じりの髪をかきながら、リキッドタイプの電子タバコを吸っていた。
「校内禁煙じゃなかったですかね?」
「バレなきゃいいんだよバレなきゃ。そもそもこの電子タバコにはニコチンもタールも入ってない、よって煙草じゃない。だから部屋の壁は黄ばまないし臭いも付かない。味はいま流行りのチョコミント味だ、他にも緑茶とかあるぞ。」
セコセンは屁理屈をつらつらと並べながらズレた眼鏡を押さえる。
「それで、手伝ってほしいってのは?」
電子タバコの煙…水蒸気を口から機関車の様に吹かしながら説明に入った。
「ああ、書庫がだいぶ汚くてな…文芸部員には整理整頓するよう釘刺しといたんだが。」
「じゃあ図書委員の奴らにも手伝わせればいいじゃないですか」
「だから連中にもやらせたさ。やらせたんだが、人手が足りないのか上手く片付かなくてな。それに今日は皆時間の都合がつかないとかで…まあ遊んでるんだろうが。悪いが少し手伝ってほしい」
「はあ…まあいいですけど。ジュースに加えて晩飯奢ってくれるならやりますよ。」
「言うねェ、じゃあ町野商店のラーメンと餃子でどうだ?」
「乗ります」
「よし来た」
(これくらいの役得は無いとな…)
じゃあ行くかとの呼びかけで書庫へ向けて歩き出す。
図書室のある校舎から離れ書庫として使っている倉庫の近くまで着いた頃、セコセンが何かを思い出した様に鏡介へ話しかけた。
「そういえばお前、『シミュレーション仮説』って知ってるか?」
「なんすかそれ。」
「目に見えてる物は俺達にとっちゃ現実なんだけど実は誰かがやってるゲームみたいなもんってことさ。もしゲームみたいなもんだったら…書庫の整理が簡単に終わりゃあいいのになあ、裏技とかでな」
突然かけられたその言葉にどこかで聞いた事のあったような違和感を感じ、立ち止まった鏡介を後目にセコセンは先に進んでいく。
(ゲームみたいなもの…か)
書庫では文芸部員・図書委員数名と用務員が片付け始めていた。
「ああ佐宗さん、お世話になります。お前ら佐宗さんに感謝しとけよ?」
「いえ先生、これも用務員の仕事のうちです。むしろ皆さんに手伝ってもらって感謝したいくらいだ」
「じゃ、すまんが御門、始めてくれるか。とりあえず積んである本が分類別で机の上に分けてあるから棚に並べてくれ。結構重いから気をつけろよ。」
「了解っす。」
「あれ?御門君?手伝いに来てくれたんですか?」
見知った女子生徒が話しかけてきた。同じクラスの石川という生徒だ。
「石川さんか、お疲れ様。そ。手伝いに来た。セコセンに飯を奢って貰うって約束でね」
「ううん、どんな理由でも御門君が来るならすごく助かります!書庫の本は分厚い物が多くて運ぶのにも時間かかっちゃいますし…そ、それに文芸部員は女子ばっかりだから重い物を運んでくれる人がいるととても助かるんです!」
「ああそっか…なるほど…じゃあ頑張るね…」
(そんな期待を込めた眼差しを向けないでくれ…)
鏡介は石川の星灯りのような瞳を背に作業へと取り掛かり始めた。
(疲れた……)
書庫の本は石川の話す通り分厚く重い物が多く、纏めた本は5㎏以上の物が多かった。数人の内大半が女子生徒の現時点で重い物を運ぶことができるのは鏡介と清古、用務員の佐宗だけだったため鏡介は疲労していた。
「セコセン、ちょっと休憩させて…」
「体力ねえなお前…俺も佐宗さんもおっさんなのに若者がこんなだと国の将来を憂うしかなくなるだろうが。前に体育倉庫の整理しただろ?あれと同じじゃねえか。」
「この本とボールは重さが段違いっすよ…それに昨日じゃないですか、体育倉庫の片づけ手伝ったの。そもそもなんで司書担当なのに図書館以外も片づけてんすか。」
「わかったわかった。司書室戻って休んでな。ほれ鍵」
鍵を受け取り重い足取りで司書室へ戻ろうとする鏡介を見かけ、心配をしたのであろう石川が駆け寄って来た。
「だ…大丈夫?」
「心配ありがとう。ちょっと休むだけだから大丈夫、石川さんは分類分け頑張って。すぐ戻ってくるから。」
「あ…うん…」
書庫を後にした鏡介はふらふらとしながら重い足取りで司書室へ足を向けた。
司書室にはデスクの他ソファーが置いてあり、十二分に休める環境となっていた。
「あー、これならいい感じに休める…なぁ…」
ソファーに腰かけた瞬間一気に睡魔が遅いかかる。睡魔に抗う事を最初から諦めていた鏡介は瞬く間に眠りへ落ちていった。
「っ!?」
目を覚ましたのはスマートフォンのアラームでは無かった。
何かが司書室の扉にぶつかった衝撃音とその前に聞こえたガラスの割れる音。
眠っていた鏡介の頭を起こすには衝撃の有りすぎる音量。
強盗か?それとも女子生徒の制服を狙う変質者か?
どちらにせよ余りいい状況ではないと寝ぼけた頭でも判別はできた。
「あっやべ…」
スマートフォンで時間を確認すると20:00を過ぎていた。
どうやら寝すぎてしまったらしい。流石にこの時間では片づけに参加していた生徒とセコセンは帰宅しているだろう。
「飯の約束すっぽかして帰りやがったな…多分。」
未だ学校の敷地内をうろついているであろう不審者と思われる人物に注意しつつ
帰宅しようと校舎を出たその時
──光と熱に、視界を奪われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます