第37話

「はあああ……緊張したわ……」

 店の外まで見送ってくれた店員のお姉さんが中に戻って、その姿が見えなくなると同時のこと。

 大きなため息を姫那ひめないた。

「でも、買えてよかったじゃないか」

「そうだけど……」

 姫那は自分が着ている、ひらひらでふわふわな、可愛らしい服を再確認する。

「本当に、これでよかったのかしら?」

 眉をひそめて、つぶやく姫那。

「だから、可愛いって言ってるじゃないか。あの店員さんの、テンションの上がりようも見ただろ?」

「う゛~~」

 安心させるためにも褒め称えると、姫那は顔を真っ赤に染めて、俯いてしまった。

「そうやって照れてる姿も、結構可愛いと思うぞ」

「な、何言ってるのよっ! バカっ!」

 今度はぷいっと、顔を背けられてしまう。

 でも、本当に可愛いのだ。

 とはいえ、これ以上からかうのもなんなので、ぼくは話を変えることにした。

「それよりさ、この服だって、買ったばかりのやつだろ? その服も高かったし、お金は大丈夫なのか?」

 さっきまで姫那が着ていた服は、今、ぼくの手の中にある、お店の袋の中に入れられている。

 それを持ち上げるようにして、ぼくは訊ねた。

「大丈夫、来週のデートのぶんは残ってるから」

 ちなみにだけど、映画に続いて『アラカルト』の代金も、姫那持ちだ。

 ぼくたちの家でご飯を食べさせてもらってるから仕送りが余っているので問題ないと言っていたが、いったい、どれくらいもらっているのだろう?

 すでに淳也のデートのために、据え置き型のゲーム機一台くらいのお金が、飛んでるように思えるのだけど……。

(まあ、そこまでは聞くのはよくないよな)

 プライベートにも立ち入りすぎだ。

 大丈夫というなら、その言葉を信じることにしよう。

 それからはアーケード街に戻り、デートでゲームセンターはどうだとか、こういう小物売り場に入るのも、女の子らしくていいんじゃないかとか、そんな話をしながら、ぼくたちは散策を続けていく。

 やがて、そろそろデートのフィナーレを飾る場所に向かってもいいのではないかという時間になってきた、そんな中でのことである。

 自分たちに向けられている視線に、ぼくは気付くことになった。

 一つだけじゃない。

 二つ、三つとたくさん存在している。

 遅れて、姫那も気付いたようだ。

「さっきから、何か視線、感じない?」

「お前も気付いたのか」

「いったい何なのよ、これ? やっぱりわたしの服がヘンなのかしら?」

「いや、そうじゃなくてさ――」

 自分が可愛いと注目されていることに、姫那は気付いていないようだ。

 ぼくには「あの子、かわいい」などと言う声が、しっかりと聞こえていた。

 それを指摘しようとすると、

「まずいわ、こっち!」

「えっ!?」

 いきなり姫那に腕を引っ張られて、ぼくは目の前にあったスポーツショップの中に、連行されてしまう。

「おい、なんだっていうんだよ!?」

 慌てた様子の姫那に、ぼくは訊ねた。

「あれ、見て!」

「あれ……?」

 姫那が指で示す方へと視線を向ける。

 目の前を通り過ぎていくのは、どこかで見たことのある顔だ。

「あんたは一緒のクラスになったことないと思うけど、一年と二年の時の、わたしのクラスメイトよ! こんなところ、見られるわけにはいかないわ!」

「何を気にしてるんだよ。むしろ、見てもらえばいいじゃないか。きっと、可愛いって言って貰えるぞ。そもそも、さっきからの視線だって、みんな可愛いお前に注目していて――」

「なっ……! 何言ってるのよ、あんた! 問題は、あんたと一緒ってところなの! わたしとあんたで、ヘンな噂が立ってるんでしょ? 更に誤解を広めることになっちゃうじゃない!」

「あ……」

 それは確かに、その通りだ。

 からかって悪かったと反省する。

「そういやさ……」

「なんなの?」

 ふと、噂の話をしていて、思い出したことがある。

藤堂とうどうさんや淳也じゅんやに、ぼくたちが隣同士で暮らしてること、バレてるって話はしたっけ?」

「は!?」

 すっとんきょうな声を、姫那はあげた。

「なにそれ、聞いてない! なんで? どうして柿内かきうちくんが知ってるの!?」

「ちょっと静かにしろって!」

 そんなに大きな声を出したら見つかってしまうと、ぼくは姫那の口をふさいだ。

「んん……それなら、これでいい?」

 今度は、小さな声で聞いてくる。

「ええと、だな……」

 それからぼくは、大会の会場で、藤堂先生が告げてしまったこと。

 その時、藤堂さんと淳也の二人は知っている様子だったこと。

 他の人たちには聞かれてないことなどを告げていった。

「そういうことだったの……」

「伝えるのを忘れてたのは謝る。でも、二人も事情を知っているわけだし、きっとヘンな誤解はされてないはずだぞ」

 とりあえず、藤堂さんにはされていなかった。

「ほんと、そうだったらいいんだけど……」

 姫那の呟きは、淳也にはされてなければいいというものだろう。

 そのまま、しばらく待機して。

 姫那のクラスメイトたちの姿が見えなくなると同時に、ぼくたちはほっと息をついた。

 続けて、姫那が切り出してくる。

「そういや、さっきの話、ほんとなの?」

「さっきの話って?」

「みんな、わたしのこと可愛いと思って見てたって」

「ああ――」

 そういえば、元々、そんな話をしていたのだった。

 本当のことだと、ぼくは告げていく。

「だったら、淳也くんも思ってくれるかしら?」

「きっと、思ってくれると思うぞ」

「えへへ……そっか、思ってくれるんだ……」

 嬉しそうに笑みを浮かべて、ほおを染める姫那。

 そこに夕陽が差して、更にその色を濃くしていく。

 傾き始めている太陽。

 あの場所に向かうには、いい頃合いだ。

「それじゃ、そろそろ最後の目的地に移動しようか」


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