第36話
「ここか……」
スマホで地図を眺めながら辿り着いた店。
めるる行きつけというだけあって、ショーケースを眺めるだけでも、可愛らしい服が並べられていた。
「わたし、ここに入るの……?」
「可愛い服が欲しいって言ったのは、お前なんだからな」
すでに尻込みを始めている姫那の背中を押すように、ぼくは言った。
もちろん、ぼく自身も入るのが怖い。
この時点で、すでにぼくたち二人は場違いであるような気がするからだ。
「……入るの、やめるか?」
「ううん」
ぶんぶんと、姫那は首を左右に振って、
「入るわよ!」
思い切ったように、宣言する。
「わたし一人なら踏み出せなかったかもしれないけど、あんたもいるし。困ったら、なんとかしてよね!」
「そんなこと言われてもな……」
「してよね!」
「お、おう……」
気迫に押されたぼくは、頷くしかなかった。
とはいえ、何が出来るのかは、まったくわからない。
これに関しては、本当に専門外すぎる。
でも、乗り掛かった船なので仕方がないと、ぼくは勇気を出して、
客は数人。
全員女性で、売ってる商品と同じように、皆、可愛い服を着用している。
「……どうする?」
ぼくは姫那の耳元で
やはり買い物をやめて店を出るかというつもりで聞いたのだけど、姫那にその気ははさらさらなさようだ。
「き、決まってるでしょ。服を買いに来たのだから、服を見るわよ!」
緊張した様子を見せながらも、店内をうろつき、服を見繕い始める姫那。
その姿をぼくが見守っていると、
「何かお探しでしょうか?」と、声を掛けられてしまった。
いかにもアパレル店員といった感じの、オシャレな服装の女性である。
二十代前半くらいだろうか。
セミロングの、茶色の髪をしている。
「あ、いえ、その……」
母さんに近い雰囲気の女性とはいえ、状況も状況だ。
落ち着かない様子でうろうろしていたし、今だってそうである。
もしかしたら、不審者だと思われているのかもしれない。
どう答えるべきかと、ぼくが迷っていると――。
「ええと、わたしが、服を買いに来て。そっちは、付き添いでっ!」
後ろから、姫那が答えてくれた。
「うふふ、そうなんですか。お二人は、恋人同士なんですか?」
「ふぇっ!? そ、そうじゃなくて!」
真っ赤になって、否定する姫那。
むしろ、逆に怪しい。
慌ててぼくは、説明を加えた。
「実は、親戚同士なんです」
そう言ったあとは、もう勢いだった。
病気で入院している祖父に可愛い格好で会いに行きたいなどという設定をつくって、服を
姫那はそれに異論を唱えることなく、うんうんと頷いていた。
結果、店員のお姉さんはぼくの話を信じてくれたようだ。
嘘吐きは作家の始まりかどうかはわからないが、よくやったと思う。
これで、きっとなんとかなるだろう。
そう思ったのは、間違いではなかったようだ。
相手はプロである。
口下手になっている姫那からいろいろと聞き出して、服を選んでくれている。
ぼくのやることは、もう何もない。
そう思っていたのだけど――。
「ねえ」
突然、呼び掛けられてしまった。
「これ、どう思うかしら?」
そう言って姫那が突きつけてきたのは、フリフリのフリルがたくさんあしらわれた、ドレスのような可愛らしい服だった。
色は黒ではなく白だが、日頃、めるるが着ているものに近いものである。
「……可愛いんじゃないか?」
素直な感想を、ぼくは伝えた。
でも、それは求められていたものではなかったようで――。
「それくらいは、わたしにもわかるわよっ! わたしは、わたしに似合いそうかって聞いてるの!」
怒られて、考える。
すると、思わず、笑みがこぼれてしまった。
「な、なんで笑ってるのよっ!」
「いや、着ている姿を想像しちゃってさ」
なにせ脳裏を過ぎったのは、馬子にも衣装というべきか、リトルプリンセスという二つ名そのものに見合うような、とてもかわいらしい姫那の姿だったからだ。
「なによ、それ……」
ぼくの反応を見て、唇を尖らせる姫那。
「やっぱりこれ、やめようかしら……」
「いやいや、んなこと言わずに、一度、着てみろよ。絶対に、似合うと思うぞ」
笑ったのは謝るからと、背中を押すように、ぼくは言った。
こうしてぼくに訊ねてきたということは、店員のお姉さんと一緒に選んで、自分が一番いいと思ったものなのだろう。
姫那が納得する服を買うのが、なにより一番に違いない。
そうしないと、満足しないと思うからだ。
「……わかった。なら、着てみる」
「そうですか! ではこちらへ!」
待っていましたという店員のお姉さんに引き連れられて、更衣室に向かっていく姫那。
その前で、ぼくは着替えが終わるのを待っていた。
中から聞こえてくるのは、店員のお姉さんが姫那をおだてる言葉だ。
さすが、プロとしかいいようがない。
しばらくすると、試着室のカーテンが僅かに開いた。
その隙間から、不安げな姫那の顔が飛び出してくる。
「これでいいのか、わからないのだけど……」
「大丈夫です。バッチリですよ。きっとお義兄(にい)さんも、可愛いと言ってくれるに違いありません!」
姫那の後ろから聞こえて来たのは、店員のお姉さんの満足そうな声だ。
「……本当?」
「本当ですよ。わたしが姫那ちゃんを持ち帰りたいくらいですもの! ということで、ご開帳と行きましょうか――」
興奮した様子の店員のお姉さんの物騒な言葉と共に、バッと開かれるカーテン。
同時に、ぼくは息を呑むことになった。
(……うそ、だろ……?)
着替えを終えた姫那の姿といえば、想像を遙かに超えていた。
馬子にも衣装なんて言えるわけがない。
本当に物語に出てくるお姫さまのように、可愛らしい姿だったのだ。
「か、感想は……?」
思わず言葉を失っていたぼくに、姫那が訊ねてくる。
「い、いいんじゃないか? 可愛いとは思うぞ……」
「はぅ……。可愛い……」
姫那は自分の服を再確認するように、照れた様子で俯いた。
「でも、わたしには、可愛すぎて、似合ってないような気もするのだけど……」
「そんなことありません!」
そう断言したのは、店員のお姉さんだ。
「とても、お似合いだと思いますよ! きっと、お祖父様もお喜びになると思います!
正直、わたしとしては、お店の宣伝として撮影して、ネットにアップしたいくらい!
っていうか、わたしのコレクションにしたいくらいです! 撮影してもいい? させてもらうわね!」
姫那の返答を聞くまでもなく、スマホでカシャカシャと姫那の撮影を始める店員のお姉さん。
着せ替え人形のコーディネートに、成功したような気分なのかもしれない。
キャラが変わってしまうくらいに、めちゃくちゃ興奮していた。
今の服を着た姫那が、それほどまでに可愛い証拠だろう。
「それで、どうします? もちろん、お買い上げされますよね?」
一通りの角度から写真を撮り終えて、ようやく店員のお姉さんは、商売へと帰還した。
「ええと……」
どうしようと、視線を向けてくる姫那。
「お前がそれでいいなら、いいんじゃないか」
ぼく的にはさっき言った通りだと、背中を押すように付け加える。
それで、心が決まったのだろう。
「なら、買います!」
「そうですか!」
姫那の決断を聞いて、ぱっと、店員のお姉さんの表情が明るくなった。
「どうします? やっぱり、このまま着ていく方がいいですよね? 着付け、結構大変ですし」
「……え、あ、はい。そう、ですね。そう、します……」
「それなら、そこで少し待っていてください。値札、取りますから」
そう言い残して、レジへと向かって行く店員のお姉さん。
値札を取るためのハサミを、取りに行ったのだろう。
すかさずぼくは、姫那の耳元で訊ねた。
「なんで着ていくんだよ。その必要は、ないんじゃないか?」
すると、小さな声ながらも強い口調で、姫那が反論してきた。
「仕方ないでしょ! そもそも、あんたがこれからおじいちゃんに会いに行くって話にしたんじゃない。適当なことを言うから、こんなことになったのよ!」
それは確かに、その通りかもしれない。
「その、悪かった……」
素直に、ぼくは謝罪する。
悪いのは、ぼくだった。
「……まあ、それはいいのよ。こうして服は買えたわけだし。それに、この服にも慣れておきたいし。ここで着られるのは、ちょうどいいかもしれないわ」
戻って来た店員のお姉さんが、裁縫用の糸切りバサミで、値札を切ってくれる。
それからレジで姫那がお金を払って、ぼくたちは「またぜひ来てくださいね」という店員のお姉さんに見送られるようにして、店を出た。
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