第35話
「どうやら、いっぱいみたいだな」
この時間帯はそれなりに混んでいると、ネットで書かれていた通りだ。
とはいえ、店の前で待っているのは一組だけ。
その二人組も、すぐに店の中へと案内されていった。
「とりあえず、待ってみるか」
「どれくらい待つのかしら?」
「さあ?」
始めて来る店なので、よくわからない。
だからこそ、こうして予行練習で来ている意味があるというものだ。
結果といえば、五分もしないうちに一組のカップルの姿が店から出てきて、店の中に入ることが出来た。
ぼくたちはフォーマルな黒い衣装を身につけた、高身長の、爽やかな男性店員に案内されて、席まで向かっていく。
外観からも思ったけれど、中もとても可愛いらしい雰囲気の店だ。
まるで王宮――。
というより、お姫さまの部屋のようである。
前に陸やめるると行ったメイドカフェ『
ぼくたちは丸いテーブルの机で、正面同士で向かい合う形になった。
すぐにさっきの店員さんが水とメニューを持って来てくれる。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
その言葉と共に、店員さんが離れていった直後のこと。
メニューを眺めていた
「あ、プリン! プリンがあるわ!」
「だから、この店を選んでみたんだよ。お前、プリン好きなんだろ?」
「うん、大好き! しかもプリンアラモードも、プリンパフェもあるし! うーん、どっちにしようかしら! あんたはどうするの?」
プリンアラモードは、プリンを中心にホイップクリームやアイスクリーム、そして今月のオススメのフルーツが、グラスに盛り付けられているものである。
見るからに色とりどりだし、見た目もゴージャスだ。
そしてプリンパフェはその名の通り、プリンがグラスいっぱいに詰められたパフェで、その上にホイップクリームやイチゴなどが、目一杯、盛り付けられている。
「俺はイチゴのパフェにするよ」
イチゴのパフェはそのまま、イチゴのパフェである。
ぼくはイチゴが好きなので、最初からそれを食べるつもりだった。
「わたしはプリンパフェ……と見せかけて、プリンアラモードで! 一番食べたいプリンパフェは、本番においておくとするわ」
「確かに、それがいいかもな。ちなみに淳也は、モンブランが好きらしいぞ」
モンブランは大きなマロングラッセが上に乗っている、この店のオススメメニューの一つだ。
姫那の好きなものと、
この店には、その両方が存在している。
だからこそ、ぼくはこの店を選択したのだと、姫那に告げていく。
「さすが、やるじゃない」
「だろ?」
ともかく、注文は決まった。
「それじゃ、さっそく映画の感想会を始めるわよ。あんたはどう思ったの? 参考がてらに、聞かせてくれるかしら?」
ぼくたちを席まで案内してくれた男性店員に、それぞれ注文したあとのこと。
いきなり姫那が、そう切り出してきた。
「普通に感動出来て、よかったんじゃないか? 原作通りだったしさ」
「なによそれ、つまんない感想。っていうか、原作読んでたんだ」
「予習としてな。読んだ時も出来がいい話だって思ったけど、映画でも見ても、その感想は変わらなかったよ」
原作は何も変える必要がないと思えるほどに、完璧なものだった。
それを壊すことなく、ちゃんと映画に落とし込めている。
それが簡単なことでないのは、これまで見た数々の映画の失敗から、知っていることだと、ぼくは姫那に告げていく。
三週目で二十億を超えるヒットしているのも納得が出来るほどに、『アネモネ』はそこがよく出来ていた。
このレベルで映画をつくってくれたならば、原作ファンはもちろんのこと、原作者だって、きっと満足に違いない。
ぼくだって満足だ。
「……で、お前の感想はどうなんだ? って、聞くまでもないか。あんだけ、涙を流してりゃな」
「う、うるさいわね! でも、感動したんだもの! 悪い!」
「いや、その気持ちはよくわかるってか、悪いとも思わないぞ。それにあの反応すれば、普通の男なら、キュンとするんじゃないか? 淳也だって、そうに違いないと思うぞ」
「え? そう? ほんと? あんたもキュンとした?」
「ええと……まあ、少しはな」
身を乗り出すようにして訊ねてくる姫那に、ぼくは視線を逸らしながら答えた。
直接言うことは出来ないが、正直、可愛いやつだなと思ったところはある。
今言った通り、普通の男ならば、まずキュンとするだろう。
「そっか、キュンとしたんだ。えへへ……」
にへら、と笑みを浮かべる姫那。
どうやら、ぼくの答えに満足してくれたようだ。
「でも、一つだけ気になることがあるんだ」
と、ぼくは姫那に告げていく。
「一度見て、ネタもわかってるし、次は泣けないんじゃないのか? それだと、キュンとさせられないぞ」
「それは、大丈夫よ。だって、わたし……ひっく……今、内容を思い出すだけでも、泣けちゃうもの……何度、ひっく……見直しても、泣けると思うわ……ひっく……」
「お、おう……」
本当に泣きだしてしまった。
それだけに、少しドン引きだ。
「でも、そんなに感動してくれたら、作者も、映画監督も、きっと喜ぶだろうな……」
作者冥利に尽きるというやつだ。
きっと、嬉しいに違いない。
ぼくならば、間違いなく嬉しい。
そこに、さっきの店員さんがやってきて――。
ぼくたちの前に、頼んだイチゴのパフェと、プリンアラモードを持って来てくれた。
「プリン、プリン♪ これ、本当に最高! めちゃくちゃ美味しいわ!」
至福の表情で、姫那はプリンアラモードを食べている。
その姿も、キュンとするくらいに可愛らしいものだ。
きっと淳也も、キュンとするだろう。
やはり、ぼくの店選びは間違っていなかったようだ。
ちなみにぼくが食べたイチゴのパフェも、とても美味しかった。
☆☆☆
フルーツパーラー『アラカルト』を出たあとのこと。
ぼくたちは駅前のアーケード街に移動して、いろいろなお店を見て回ることにした。
いわゆる、ウィンドウショッピングというやつである。
その最中のことだ。
「むむ、むむむむむ……」
突然、ぐるりと周囲を見回して、姫那が唸り声をあげ始めた。
「いったい、どうしたんだ?」
「服」
訊ねたぼくに、姫那が答える。
「……服?」
「みんな、可愛いの着てる」
ぐるりと周囲を眺め見る。
比較的オシャレな店が建ち並ぶ場所だというのもあるのだろう。
確かに誰もが煌びやかであったり、可愛らしかったりする服を着用している。
カップルならば、なおさらだ。
「でも、お前も、可愛いの着てるじゃないか。それ、淳也とのデートのために買ったんだろ?」
姫那が家を出る前に思ったことを、ぼくはそのまま告げていく。
いつもよりも、相当がんばっているように思える服だ。
「それは、そうなんだけど……。本当に、これでいいのか不安になってきたの。ねえ、あんたはどう思う?」
「どう思うって……」
確かに周囲のキラキラ女子たちと比べたら、少し野暮ったくて、地味かもしれない。
でも――。
「今、言った通りだよ。可愛いと思うし、お前はそれでいいんじゃないか?」
素材はいいのだ。
その姿でも、充分魅力的だろう。
それが、ぼくの素直な感想だった。
でも、その答えでは、姫那は満足しなかったみたいで――。
「……やっぱり、もっと可愛い服、買いに行く! 最善、尽くしたいし」
「最善って……」
「あんたが可愛いって即、断言するような服、買いに行くって言ってるの! だから、これから買いに行くわよ!」
どうやら、思いっきり選択肢を間違ってしまったようだ。
「で、こういう場合、どういう店に入ればいいわけ?」
「ぼくにわかるわけないだろ!」
ぼくは男なのだ。
女の服なんて、わかるわけがない。
わかるとしたら、やっぱり可愛い服を着て、着飾るのが好きな女の子だろう。
そんな知りあい――一人いた。
めるるである。
「ええと、ちょっと待ってくれ。こういう時に、頼れるやつが一人いたわ」
「あっ……! それ、わたしにもわかった! でも、詳細は話したらダメだからね! 恥ずかしいし!」
「わかってるって」
さっそくぼくは、
姫那がかわいい服をご所望していることだけをめるるに告げて、新ノ浜ならどのような店にいけばいいのかを、訊ねてみることにした。
デートプランを考える上で、なんでも知っているトーリさんはもちろんのこと、カップルである陸やめるるにも、相談に乗ってもらったのだ。
それだけに、察しのいいめるるなら、その意味を理解してくれるだろう。
すると、『新ノ浜ならこの店がいいよ』と、店のホームページのアドレスがはられている
さすが、持つべきものは親友の彼女だ。
続いて、ハートマークのスタンプと、『ガンバレ!』という応援スタンプも送られてくる。『デート、がんばれ』という意味なのだろう。
思いっきり察されていたけれど、それは気にしないことにして、
「とりあえず、この店に行ってみるか!」
「う、うん!」
めるるに紹介された店に向けて、ぼくたちは歩き出した。
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