第34話 告白予行練習

 姫那ひめな淳也じゅんやがデートをする予定の日曜日。

 そのちょうど一週間前の日曜日を、予行練習の日と定めた。

 そして、ついにその日がやってくる。

 ぼくが一週間かけて綿密に作ったデートプランを、これから姫那と共に、実行することになるというわけだ。

「それじゃ、わたしが先に出るから」

 うちの玄関に来てそう言い残した姫那は、淳也と約束する予定時刻の三十分前に、待ち合わせの場所である駅に向けて出発をした。

(あいつ、あんな服、持ってたんだな……。もしかして、デートのために買ったのか……?) 

 そう思ったのは、シンプルとはいえ、姫那の服装が普段より可愛いらしい、ワンピース姿だったからだ。

 本番の予行練習をするという気合いが、いきなりビンビンに伝わってきた。

 とはいえ――。

(さすがに、早すぎるんじゃないか?)

 そう思うのは、家から駅前まで、十分ほどで辿り着くからだ。

 でも、何が起きるかわからないし、遅れるのは淳也の心象を悪くするからと、はやめに家を出ると姫那は言っていたけれど、あくまで、今日は予行練習。

 駅前で待ち合わせているのは淳也ではなく、ぼくである。

 そこまで厳密にやらなくていいのではと思うし、一緒に家を出ても変わらないと思うのだが、姫那はそうではないようだ。

 姫那はぼくの思っていた以上に真面目。

 ……というより、これをやると決めたら一途に一直線というタイプのようだ。

 だからこそ怪我から復活することも出来たし、最悪にも近いタイミングで怪我をして、入院しても、無事に進級することが出来たのだろう。

 最近、それがよくわかってきた。

 果たして、そんな彼女の恋は、上手くいくのだろうか?

 十五分ほどかけて、ぼくは自分でつくりあげたデートプランを再確認。

 問題ないことを確認して、家を出た。


              ☆☆☆


「――遅いッ!」

 駅前に辿り着くなり、ぼくは姫那に一喝いっかつされてしまった。

「待ちくたびれたわよ」

「時間は、ぴったりじゃないか」

 ぼくが駅に辿り着いたのは、約束の十三時ちょうどである。

 だから、何も問題はないと思ったのだけど――。

「淳也くんなら絶対に五分前行動! というか、十分前に来ているはずよ! 予行練習なんだから、その通りにしてくれないとダメでしょ!」

「んなこと言われてもな……」

 さすがにめちゃくちゃすぎる理論だ。

「ともかく、今日は淳也くんのつもりで過ごして!」

 いい? と追撃までかけてくる。

「……わかったよ」

 仕方ない。

 乗り掛かった船だし、姫那の言うことを聞いてやろう。

 そう決めて、思考を転換。

 ぼくは淳也になりきることにした。

「それじゃ、天城さん。行こうか」

 優しい笑みを浮かべて、リードするように姫那の手を取る。

 どうだ? 完璧だろ? と、ドヤ顔したくなるくらいに、淳也そのものになれた思ったのだけど――。

「なっ! なんで手を繋ぐのよっ!」

 かぁああっ……と顔を赤く染めて、手を振り払い、ぼくから離れていく姫那。

 慌てて、ぼくは釈明をする。

「いや、ちゃんとした、デートの予行練習にするために、淳也になりきろうかなって。っていうか、お前もそれを望んでたんじゃないのか?」

「べ、別に付き合ってる状況からスタートとかそういうわけじゃないんだから! いきなり手を繋ぐなんて、あるわけないでしょ! 淳也くんはそんなことしないし! バカ!」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 でも――。

(こいつ、ほんと面倒くさい……)

 心の底から、そう思ってしまった。


              ☆☆☆


 電車に乗って向かうのは、この近辺で一番栄えている新ノ浜駅だ。

 前に陸やめるるたちと行った、オタクショップやメイドカフェがある駅である。

 最初にデートで訪れるのは映画館。

 駅前のビルにあるシネコンだ。

 見るのは、淳也が見たいといっていた映画『アネモネ』である。

 それは来週、デートで見る映画でもあった。

「本当に、同じやつでいいのか?」

「いい」

 チケットを買う前に再確認したが、きっぱりと、姫那は断言した。

「本番は緊張して、まともに画面見ていられないと思うし。そしたら、上手く感想言えないと思うから。今のうちにしっかり見て、記憶しておくの」

 それなら、ぼくは何も問題ない。

 見たい映画だったわけだし、チケット代を姫那が出してくれたぶん、得をしたくらいだ。

「んじゃ、飲み物とか食べ物は食どうする?」

「…………」

 姫那の反応がない。

 じっと何かを見ているようだ。

「おい、どうしたんだよ?」

「えっ、あ……その……」

 肩を叩くと、ようやく反応を見せてくれた。

「ぼくの話、聞いてなかっただろ。いったい、何を見てたんだ?」

「あ、ダメ!」

 慌てて止めようとするけれど、ぼくは気にせず、先ほどまで姫那が見ていた場所に視線を向ける。

 すると、そこには一枚のポスターがあった。

 姫那が持っていた本とは違うけれど、真城翔一原作の映画のものだ。

「あれ、気になるのか?」

「違うわよ! ただ、知ってる名前だって思っただけ」

 それくらい、姫那にとって真城翔一の小説に描かれている大人の恋愛は、インパクトが強いものだったのだろう。

「それで、話ってなんなのよ!」

 無理矢理、話を変えようとする姫那。

 時間もないし、ぼくはそれに乗ることにした。

「そこの売店で、買い物するかって話だよ」

「それは、いらないわ。途中でトイレ行きたくなったら困るし」

 二時間の長丁場。

 その不安は、確かにある。

 じゃあぼくもいいかと、そのまま二人で入場ゲートを通り抜け、『アネモネ』が上映される6番シアターに向かうことにした。

 人気作でもあるし、上映五分前に入ったこともあって、かなり席は埋まっている。

 すぐにライトは消えて、予告編が開始された。

 あまりはやく来すぎたら緊張するだろうし、すぐ暗くなるタイミングがいいだろうと思って、そうしたのだ。

 隣が藤堂さんだったとしたら、ぼくはすでに緊張で、吐きそうになっていてもおかしくはない。

 しばらくして、映画が開始する。

 先に原作を読んでいただけに、内容はすでにわかっていた。

 改変も殆どないようだ。

 ぼくは途中、何度か隣を見て、姫那の反応を確かめていた。 

 ここでハラハラするだろうとか、胸が苦しくなるだろうとか、思っていたシーンで、姫那は思っていた通りの反応をしている。

 完全に、映画にのめり込んでいるようだ。

 ちなみにぼくといえば――。

 観る前から原作で展開は理解しているとはいえ、中盤からはかなりの割合で、映画にのめり込んでいた。

 原作を読んだ時にも思ったけれど、同じくらいの年齢の人間が書いたネット小説とは思えない。キャラクターの立て方もいいし、心情の変化もよく描かれている。

 とても、計算高い内容だ。

 展開はわかっているというのに、最後の方は音楽の力もあって、完全にもっていかれてしまった。

 涙を流しそうになってしまったくらいだ。

 ――映画が終わる。

 隣を見れば、姫那は流れる涙を指で必死に拭っていた。

「よかったみたいだな」

 二人揃って席を立ち、シアターの外に出ると同時に、ぼくは問いかけた。

「うん! めちゃくちゃ感動したわ! こんなの泣くでしょ。泣くしかないでしょ! ああもう、思い出すだけで涙出てきた!」

「お前、結構、感受性強いのな……」

「う、うるさいわね! あの内容なら、仕方ないでしょ! さすが淳也くんの選んだ映画だわ! センスある!」

「はいはい、わかったわかった……。ってことで、次、行くぞ」

「なによそれ、余韻もへったくれもあったもんじゃないわね」

「どのみち、次はスイーツを食べながら、映画の感想を言い合うってやつなんだからさ。立ち話もなんだし、話の続きは、そこでしようってことだよ。他の客もいるんだし、こんなところでネタばれするわけにもいかないだろ?」

 これから向かうお店の名前は『アラカルト』。

 フルーツパーラーで、このシネコンの下のフロアにある。

 なのでぼくたちはエスカレーターに乗って、下のフロアに移動した。


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