第31話

 いったいなんだろう、と首をひねる淳也に向けて、叫ぶように。

 それでいて、たどたどしく、姫那は言葉を続けていく。

「そのっ、柿内くんに、お礼、したいの……! 入院してた時、柿内くん、いろいろと、わたしのサポート……してくれたから! それに、感謝してるから! おかげで進級も出来たし、こうして、優勝出来たし! だから、今度一緒に、来週の日曜日あたりに、食事とか、映画とか……どうかなって! わたしが、その……お金、出すから!」

 正直言って、驚きだった。

 グラウンドとスタンドという状況で言ったことがじゃない。

 優勝のテンションのままとはいえ、全てをさらけ出すように伝えて、淳也を誘ったことに対してだ。

 やるじゃないかと、素直に感心してしまった。

 それがどういう誘いなのか、理解したのだろう。

 ぼくや、陸や、めるるだけじゃなく、藤堂さんも、驚いた表情を浮かべていた。

 果たして、淳也の答えは――。

 ぼくたちが注目する中、困ったように、淳也が口を開いた。

「いや、そんな……。そういうつもりで、やったわけじゃないから……そんなの、天城さんに悪いよ……」

「悪くなんてない!」

 きっぱりと、姫那は断言する。

「映画のチケットなら、なんでも見られるやつを前に二枚、もらったのがあるし! だから、ちょうどいいっていうか、お茶代くらいは、お礼として出させて欲しいいっていうか……!」

 ちなみに、映画のチケットの話は嘘だ。

 淳也がお金を出してもらうのは悪いというのがわかっていて、そういう設定にしてあるだけである。

 もちろん、姫那が仕送りの中から購入したものだ。

「でも……」

「行けばいいんじゃないかしら?」

 申し訳なさそうにする淳也に対して、横から口を挟んだのは藤堂先生だった。

「淳也くん、前にみたい映画あるって言ってたでしょう? 確か、『アネモネ』だっけ? 上映は始まったばかりだし、ちょうどいい機会だと思うのだけど……」

「それは、そうなんですけどね……」

 突然の提案に困った様子を見せながらも、その言葉に、背中を押されたようだ。

「天城さんは、『アネモネ』でもいい?」

 淳也は、姫那に訊ねた。

「いい! なんでもいい! 淳也くんへのお返しだもの!」

 当然の答えである。

 ちなみに『アネモネ』は、『ノベルポット』で掲載されていた小説の映画化作品だ。

 確か姫那がベランダから訪れた時にぼくが読んでいたホラー小説の著者が書いた別作品で、恋愛小説だったと記憶している。

「なら、お言葉に甘えさせてもらうことにしようかな。でも、来週の土日はすでに用事が入ってるんだ。天城さんは、再来週でもいい?」

「もちろん! 来週でも、再来週でも、来来週でも、なんでもいいから!」

 来来週なら再来週と同じじゃないかなんて、ツッコミを入れるのも可哀想なくらいのテンパり具合である。

 そんな姿を眺めながら、ぼくは心の中で、藤堂先生に感謝していた。

 もし先生が何も言わなかったら、ぼくが口を挟んで、淳也の背中を押すしかなかったからだ。

 一つ、やるべきことが減ったようなものである。

 ともかく、デートの約束は再来週の日曜日に完了。

 この数週間の姫那のがんばりが結実したことに、心の底からよかったと思うと同時に、ぼくはひとまず肩の荷がおりたような気分になっていた。

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