第26話

 再び練習に戻っていく姫那ひめなと、仕事に戻る藤堂先生。

 そして、藤堂先生の手伝いをする淳也じゅんやと別れたあとのこと。

 ぼくは駅前の商店街にある書店に向かっていた。

 現実逃避げんじつとうひというわけじゃない。

 書店で本に囲まれると、執筆しっぴつしようという気力もいてくるので、そうしようと考えたのだ。

 気持ちを切り替えるための、やる気を出すための行動の一つというわけだ。

(それにしても、あんな姿の姫那ひめなを見られるなんてな)

 校庭で淳也と会話をしている最中の姫那の顔といえば、完全に恋をしている少女そのものだった。

 ぼくと淳也の話をしている時の姫那もそうだったけれど、それ以上に感じたくらいだ。

 なんにしろ、前に進めてよかった。

 好きな人と連絡先を交換することが出来たのは、大いなる前進だろう。

 ぼくだって、藤堂さんと連絡先を交換してみたい――なんて、そんな風に思いながら、書店に足を踏み入れた直後のことである。

「……八神やがみくん?」

 そんな風に声を掛けられた瞬間。

 ぼくの心臓は、大きく高鳴った。

「藤堂さん!?」

 思わず、大きな声をあげて振り返ると、そこには呼び上げた名前の相手である、藤堂凛々菜の姿があった。

「どうしたの? そんなに驚いて?」

 この場所で呼び掛けられることは、そんなに珍しいことでもないだろうという表情を向けてくる藤堂さん。

 事実、その通りなのだ。

 でも、久しぶりだし、ちょうど藤堂さんのことを考えていたものだから、驚きすぎてしまった。

「それはそうと、八神くん。最近、何か変わったことあった?」

「え? なんで?」

「あまりここでも、喫茶店きっさてんでも、八神くんの姿を見ないなって」

 言われて、ハッとした。

 姫那が隣に引っ越してきてからというもの、確かにあまりこの書店にも、併設されている喫茶店にも来ていない。

 自分の生活パターンが変わったせいだ。

 家で夕食を食べることが多くなっていたし、母さんに頼まれて、姫那のためにも食事をつくらされることもよくあった。

 一緒に食卓を囲むことも増えているし、ここ最近は、中間テスト対策として、勉強を教えてもいたのもある。

(それに最近は、小説も書いてなかったしな……)

 もちろん『蛍火ほたるび』のことや、姫那のことを話すわけにもいかないので、誤魔化すようにぼくは答えた。

「ほら、中間テストもあったし、ハマってるゲームがあってさ。それに時間を取られてて……」

「それって、どんなゲームなの?」

 興味深そうな様子でそこを深掘りされるだなんて、考えてもいなかった。

 なのでぼくはさっきまで陸たちとプレイしていた、ラストスタンディング系の、バトルロイヤルゲーム『バトソル』こと、『バトルソルジャーズ』の話をすることにする。

「あっ、それ知ってる! 教室でも結構話題を聞くし、スタバとか、マクドナルドでプレイしている人たちも見るし! 面白いみたいだね」

「最後まで勝ち残るのは、難しいけどね」

 そう答えたところで、ふとぼくは、校庭での出来事を思い出した。

 姫那と淳也が、連絡先を交換したことだ。

 これは藤堂さんに『バトソル』を紹介して、一緒にプレイをしようと、連絡先を交換するチャンスではないのだろうか?

 そう考えて、ぼくは切り出していく。

「そうだ、藤堂さん。藤堂さんもよかったら、『バトソル』をプレイしてみたら。こういうゲームでさ――」

 ぼくがスマホを取り出して、見せようとしたところでのことだ。

「あ、いけない!」

 ぼくのスマホの画面を見るなり、藤堂さんは驚きの声をあげた。

「もう時間。わたし行かなきゃ。せっかく紹介してくれたのに、ごめんなさい」

「いや、構わないよ。時間なら、仕方ないし。気になったら、インストールしてみて」

「うん。それじゃ、八神くんまたね」 

 急ぐようにして、書店を飛び出していく藤堂さん。

 なんて、タイミングが悪いのだろう。

 結局、連絡先は交換出来なかった。

 はぁ……と、小さなため息をつく。

 それにしても、藤堂さんはどこに行くのだろう?

 よく用事があるといっているけど、それはいったい、なんだというのだろう?

 藤堂さんのこと。

 まだまだ知らないことがある。

 同時にそれを知りたいとも、ぼくは思うのだった。

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