第27話
やってきた、六月の下旬。
県の陸上体育大会予選が行われる、土曜日の朝のことである。
さすが看護士というべきなのだろう。
朝はちゃんと試合の三、四時間前に、糖質の多いものと消化によいものを食べるべきだという母さんの提言によって、
最初のレースは十時なので、朝の六時に起きて六時半から朝食となる。
パンとバナナを食べて、オレンジジュースを飲む姫那。
そして、準備を整えたあとのこと。
大会に向かうため玄関で靴を履いていた。
ぼくと母さんも、姫那を見送るため、玄関でその姿を見守っている。
「姫那ちゃん、頑張ってね!」
靴を履き終えた姫那に、母さんが声を掛ける。
「うん、絶対に勝ち残ってみせるから」
答える姫那。
続けて、ぼくも声を掛けた。
「復帰一発目。しかも今日は予選なんだから、あまり無理はするなよ」
「わかってるわよ」
靴を履き終えた姫那は荷物を持って立ち上がり、扉のノブに手を掛けた。
「それじゃ、行ってくる!」
「いってらっしゃーい」
家から出て行く姫那の姿を見送ったあとのこと。
頬に指をあてて、母さんがぼくに
「カズちゃん、今日は応援にいかないんだっけ?」
「明日の準決勝からでいいって言われててさ。今日は家のこと、やっておくよ」
今日はあくまで予選。
明日が準決勝と決勝というわけだ。
今日の予選は勝ち残って当然だし、淳也も応援に来ない。
だから来なくていい。
むしろあんただけ来たらヘンな勘違いをされそうだから来るな、とまで言われていた。
「そっかー。カズちゃん、明日はわたしのぶんも、しっかり応援してきてね。わたし、明日は朝から仕事だし」
そう言ったところで、ふわわと、母さんは大きく
朝まで夜勤だっただけに、そろそろ限界なのだろう。
「それじゃ、カズちゃん。わたしはこれからお風呂入って寝るから。あとのことはよろしくね」
☆☆☆
母さんがお風呂に入っている最中に朝食の食器を洗い終えたぼくは、部屋に戻って、パソコンでアニメを流しながら、だらだらとソシャゲの周回をしていた。
家事といっても、すでに母さんが起きているうちに洗濯機は回していて、すでに外に干してもいる。
騒音が出る掃除機は、母さんを起こさないためにもかけることは出来ない。
やれることといえば、お風呂やトイレ、台所の掃除くらいのものだ。
あとは洗濯物を取り込むことと、買い物くらい。
その二つは夕方にする予定なので、とりあえずぼくは、お風呂の掃除を始めることにした。
日頃、運動をあまりしないせいだろう。
お風呂場に続いてトイレ、台所と掃除が終わったところで体力を使い果たしてしまって、へとへとになっていた。
部屋に戻ってベッドに寝転がると、急に眠気が襲ってくる。
窓の向こうから射し込んでくる暖かな陽光が気持ちいいというのもあって、
☆☆☆
「午後一時、か……」
目を覚ましたぼくは、枕元に置いてあったスマホで時刻を確認する。
どうやら、三時間くらい眠っていたようだ。
ベッドから起き上がり、向かう先は母さんの部屋――。
母さんはまだ、ぐっすりと眠っていた。
この様子なら起きるのはたぶん、午後二時か、三時くらいだろう。
いつもだいたいそれくらいだし、まず間違いはない。
無理に起こすのは悪いので、今日はたらこスパゲティにしようと決めて、ぼくは自分のぶんだけの昼食をつくることに決めた。
それを食べ終えたあとのこと。
ぼくはベランダに移動して、洗濯物のチェックをする。
すでに洗濯物は乾いていた。
少しはやいけれどやることもないし、取り込むことにしようと決めたところで、ぼくは仕切りのない隣のベランダに、姫那の洗濯物が干されていることに気付いた。
普通の服だけではなく、ブラや下着なども干されている。
(そういや、朝食の前に、あと少しで洗濯物が終わるから待ってとか言ってたっけ……)
そのことを今、思い出した。
つまり洗濯物を干してからうちで朝食を食べて、大会予選に向かったというわけだ。
(ああ、もう……!)
正直な話、女性モノのブラや下着など、母さんのもので見慣れているのだが、やはり同じ年齢くらいの異性のものとなれば、話は別だ。
すでに目を逸らしたし、見ないようにしたとはいえ、さっき見たブラが頭に浮かんでしまうし、それを身につけている姫那の姿も、脳裏に浮かんでしまう。
告白が上手くいけば、あんな下着をつけて、姫那は
(いや、さすがにそれはないか)
そのような状況下では、勝負下着というやつをつけるはずだ。
リトルプリンセスというだけあって、例えば、レースのついた可愛いやつとか……。
(……って、いけないいけない……)
ヘンな妄想が加速してしまった。
別のトコロも膨らみそうになってしまったので、思わずぼくはぶんぶんと左右に頭を振って、その妄想を振り払おうとする。
そこでふと、思い出したことがあった。
(そろそろ、予選の結果が出る頃だよな……)
宣言通り、姫那は予選を通過出来たのだろうか? と考えたところで、ピロリンと、家の中でスマホが音を立てた。
洗濯物を取り込む手を止めて、部屋に戻る。
スマホを確認すると、姫那からのメッセージが届いていた。
『とりあえず予選通過!』というメッセージと、ピースサインをしたキャラクターのスタンプである。
すぐにぼくが『おめでとう』のスタンプを返すと、両腕で×印を作ったキャラクターのスタンプが送られてきた。
『それは、優勝してからで!』
続いて『優勝!』という、やる気に満ちあふれたキャラクターのスタンプも送られてくる。カレーライスのスタンプもだ。
『夕飯、これにして。スタンプ通り、絶対勝利のカツカレー!』
ならば腕を振るうことにしようと、ぼくは『OK』のスタンプを送信。
洗濯物を取り込んだあと、さっそくぼくは、駅前のスーパーへと買い物に出掛けたのだった。
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