第20話

 約束通り、支払いをぼくがして、メイドカフェを出たあとのこと。

 ぼくはもう少しいろんなお店を見て回るという二人と別れて、家に帰ることにした。

 今日は夕食の準備もしなければならいし、姫那にいち早く、調査結果を伝えたいと思ったからだ。

 なのでアパートに戻ったぼくは、自宅に入る前に、ピンポーンと、姫那ひめなの部屋のチャイムを鳴らした。

 ……出掛けているのか、反応はない。

「おーい、いないのかー?」

 トントンと、部屋の扉を叩いてみる。

 すると、微かに扉が開いた。

「誰かと思ったら、あんたか……。何か用?」

 扉の隙間からぼくを睨み付けるようにして、姫那が声を掛けてくる。

「いや、あんたって……。それに、ぶしつけだな」

「いきなりチャイムを鳴らすからよ。普段、鳴らす人なんかいないから、びっくりしたの。RINGリングでメッセージの一つでも送ってくれればよかったのに」

「それは悪かった」

 新聞の勧誘か訪問販売か、それに類する何かかと思ったのだろう。

 相手をするのが面倒なのは、ぼくにもよくわかる。

「で、要件はなんなの?」

「前に言ってただろ。淳也じゅんやのこと、めるるに調査してもらってるって。その結果を聞いてきたから、報告しようと思ったんだ」

 げると一転。

 ぱっと、姫那の表情が明るくなった。

「ほんと! 入って!」

 チェーンを外し、扉を大きく開いた姫那は、部屋の奧へとテンション高く駆けていく。

 閉じていく扉を手で止めて、その後ろ姿を棒立ちになって見ていると、姫那は振り返り、半眼でぼくのことを睨み付けてきた。

「そんなところで、なに、ぼーっと突っ立ってるのよ? はやく中に入りなさいよ」

「お、おう……」

 引っ越し当日は新居そのものだったし、何も意識することはなかったが、よくよく考えれば、一人暮らしの女の子の家なのだ。

 すでに慣れ親しんだ相手の部屋とはいえ、入るのに少しドキドキしてして、心の準備が必要だった。

 ……とはいえ、中に入ると同時に、そんな気持ちもなくなってしまう。

 基本的には、引っ越ししてきた時と殆ど何も変わらない。

 簡素そのものな室内だったからだ。

「適当に座って」

 言われた通り、ぼくは床に敷かれている絨毯の上に姫那から渡された座布団を置いて、適当に腰を下ろした。

 続けて姫那も、ぼくの正面に座布団を置いて、腰を下ろす。

 ぼくと姫那は、一メートルも開いていない距離で向かい合うことになった。

「それじゃ、さっそくその調査結果を聞かせてもらおうかしら。淳也くんのこと、教えてちょうだい!」

 興奮した様子で前のめりになってくる姫那に向けて、ぼくはめるるから聞いたことを伝え始めた。

 淳也の好きな食べ物や、好きなテレビ番組。好きな漫画の情報から、得意科目。いろいろな女子に告白をされているが、誰とも付き合ってないこと。

 藤堂凛々菜とうどうりりなとも、付き合ってもいないこともだ。

 ふんふんと頷きながら、姫那はぼくの話を聞いていた。

 やがてぼくは、話の核心へと切り込んでいく。

「ということで、とりあえず淳也が今のところ付き合っている女子はいないらしい。ただ――」

「ただ……なんなのよ?」

「好きな人は、いるんだってさ」

「~~~~~~ッ!!」

 衝撃ッ!

 姫那に、衝撃走る――!!

「はは……そうなんだ……。好きな人、いるんだ……」

 ――絶望。

 肩を落として、身体から魂が半分抜け落ちたような――。

 真っ白に燃え尽きたような状態に、姫那はなっていた。

 慌てて、ぼくは言葉を続ける。

「ちょっと待てよ。そこまで落ち込む必要はないだろ? その好きな人が、お前だって可能性もあるんだからさ」

「ほんと!」

 ぱっと、希望に満ちた表情を浮かべる姫那。

 本当に喜怒哀楽きどあいらくが激しいやつだ。

「だってさ、お前のところに、ノートとか毎日持って来てくれたんだろ? そんなことした相手は、お前以外にいないわけだし、その可能性だって、大きいと思うぞ?」

「そっか、そうだよね……。そっか、わたしの可能性もあるのか……えへへ」

 にへら、と、今度は気持ち悪い笑みを浮かべる。

 もちろん今言った言葉は、気をよくさせるためのでまかせでもなんでもない。

 可能性があるには違いないのだ。

 ……とはいえ、他に入院した生徒なんていないのだから、あまり参考にならないかもしれないけれど。

 それはもちろん、姫那も理解しているようで――。

 少し前までとは一転。

 うつむいて、自信なさげに言葉を続けた。

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