第19話

「でもって、カズサっち。本題に入る前に、一つ聞きておきたいことがあるんだけど」

「え、なに……?」

「カズサっちと、リトルプリンセスの関係。どういうものなのか、教えてくれない?」

「なっ!?」

 まさかの問いかけに、ぼくは言葉を失ってしまう。

「な、なんでそんな話が出てくるんだよっ!!」

「なんか、最近よく二人で話してない? みたいな噂話が出てるみたいでさ。カズサっちのアパートの部屋に、リトルプリンセスが入っていくところを見た人もいるとかで……」

「いや、それは……」

 間違いなく、事実である。

 姫那の提案によって、最初の頃は距離を取っていたのだけど、ここ最近は、学校でもかなり話すようになっているし、家の前で会った時、一緒に帰宅するようなこともあった。

 お互いに、かなりガードが緩んでいたのは確かだ。

 どう言い訳したものかと困惑していると、ニヤリと笑みを浮かべて、めるるが追い打ちをかけてくる。

「この話、どういうことか教えてくれないと、今回いろいろとわかったこと、教えてあげないよー?」

「そうだぞ、一冴。そういや前に、リトルプリンセスが部活してるところ、じっと見てたじゃないか。俺はあの時から、怪しいとは思ってたんだ」

「喋らないと、あることないこと、噂、流しちゃうよ? っていうか、小説書いてることも、バラしちゃったり?」

「ああもう、わかったよ!」

 こうなったら仕方がない。

 そもそも事情を知ってもらった方が、集めた情報を聞く上でも楽なことには違いないのだ。

 もちろん秘密にしてもらうことを条件に、ぼくはここ最近、起きたことを喋っていく。

 まずは隣に姫那が住むようになったことや、お互いの部屋がベランダで繋がっていることからだ。

 するとめるるは立ち上がり、興奮した様子を見せた。

「ちょっと待って、ちょっと待って! それって、ほぼ同棲じゃない!」

「同棲じゃないって!」

 机を叩くようにして立ち上がり、ぼくは否定する。

 あくまで、お隣さんだ。

 そんなぼくとめるるの行動に驚いたのだろう。

 他の客たちの視線が、ぼくたちに集中してしまう。

「お騒がせして、すみませんでした……」

 ぼくは謝罪をして、再び椅子に腰を落ち着ける。

 同じように謝罪をして、めるるも椅子に腰を落ち着けた。

 そしてこほんと咳払いをして、めるるは小さな声で話を再開する。

「でもほら、ベランダが繋がってて、行き来も出来るんでしょ? それって、めちゃくちゃエッチじゃない? そーゆーイベントとかなかったの?」

「そんなのないって……」

 そう言いながらも、頭には、これまであったちょっとエッチなイベントが、呼び起こされていた。

 こうして淳也のことを調査することになったような、ロクでもないイベントもだ。

「えー、ほんとかにゃー? どっちかの家で、二人きりになることとかなかったの? そういう時にいい雰囲気になって、エッチなことに雪崩込んじゃったり……」

「だからないって!」

 続けて、ぼくは否定する。

「そもそもあいつにだって、好きなやつがいて――」

「あー、つまりそういうことか」

「あっ……」

「だいたい今ので繋がっていうか。今回の依頼の意味がわかっていうか……」

「絶対に、ナイショにしてくれよ。喋らないって、約束もしてるわけだしさ」

 そう前置きをしてぼくは、『ノベルポット』に父や母のことを書いた『蛍火』を連載していることを姫那に知られたこと。

 そして、それを母さんや学校で秘密にするかわりに、彼女の恋愛を手伝うことになったことを、二人に告げていった。

「やっぱり、そういうことだったんだ。それなら、聞きたいことはわかったから、単刀直入にいくね。現状、柿内淳也くんに恋人はいないみたい。柿内くんに告白した人は、みんな玉砕してるみたいだよ」

 その報告は姫那にとっての朗報であり、ぼくにとっての朗報でもあった。

「ってことは、藤堂凛々菜とも付き合ってないってことなのか?」

 ぼくが訊きたかったことを口にしたのは陸だ。

「そだよ」と首を縦に振って、めるるが答える。

「玉砕した人の中には、もちろんそのことを聞いた人もいるんだって。でも、付き合ってないって答えたみたい。ちなみにだけど、リトルプリンセスとの仲を疑って、訊ねた女子もいるみたいだよ」

「それって、もしかして入院中の……」

「ビンゴ! さすがに知ってたんだ。それが疑いの原因みたいだね。でも、付き合ってるわけじゃない。先生に頼まれたからやっただけって、淳也くんは答えたんだって」

「でもさ、先生に言われただけで、普通はそんなこと……」

「やんないよね。わたしもカズサっちと同じように思うよ」

「つまりそれって、天城姫那のことが好きってことじゃないのか?」

 そう言ったのは陸だ。

「その可能性があることは、わたしも否定しないけど……。ちなみに好きな人がいるかって聞いた子もいるみたいなんだけど、上手く誤魔化されたんだって」

「うーん……」

 気付けば、ぼくは腕を組んでいた。

 淳也の好きな人。

 それはいったい、誰なんだろう?

「なんにしろ、天城さんにチャンスはあるんじゃないか?」

「そうだよな」

 確かに陸の言う通りだと、ぼくも思う。

 チャンスは大いにあるだろう。

 続けて、めるるが言った。

「可能性があるのならば、とにかくアタックアタックだよね! 動かなきゃ、手に入れることは出来ないんだから!」

「そうそう、動かないのが一番よくないからな。変わることを恐れたら、恋愛は出来ないぞ」

「変わることを恐れたら、恋愛は出来ない、か……」

 陸の言葉。

 それは、恋愛の真理であるような気さえぼくにはした。

「それで俺たちは、こうして恋人同士になれたわけだしな」

「そうだね」

 微笑み合う二人。

 陸の言葉が胸に響いたのは、それが経験から来る言葉だったからなのだろう。

 心のメモ帳に、しっかりと書き込んでおきたくなるくらいだった。

「正直、わたしからみても、天城さんの恋が成就する可能性は、それなりにあると思う。だから、チャレンジチャレンジって、けしかけてあげてもいいんじゃないかな」

「ってことで、一冴。お前が背中を押してやれよ。もしダメだった時は、お前がもらってやればいいわけだしさ」

「は!? 陸、お前、何を言って……!」

「なんだよ、その反応は。冗談だっての。もしかして、藤堂さんがダメなら、ワンチャン天城さんでもアリとか思ってたか?」

「いや、そんなこと、考えたこともなかったっていうか……」

「でもでも、フラれた同士がくっつくとか、アニメや漫画の中では別に珍しいことじゃないっしょ? 余り物同士のサブカプとかよくあるし」

「あるとかないとかじゃなくてさ、今は上手く行かないことを考えるところじゃないだろ」

「あ、そうだ!」

 はっと思い出したように声をあげためるるは、胸の前で両手を重ねて、パチンと音を立てた。

「ついでに調べてあげたんだけど、藤堂凛々菜も、特定の彼氏はいないみたいだよ?」

「えっ……」

「今、よかったって顔したよね?」

「~~~っ……!!」

 顔が熱くなったぼくを見て、んふふと、ネコのように口元を緩めるめるる。

「っていうか、さっきからなんだよ! 藤堂さんのことは、今回の件と、何も関係ないだろ!」

 叫び、照れ隠しをするぼくを見て、めるると陸の二人は、楽しそうに笑っていた。

 これにて、めるるからの報告は終了。

 それからは、それぞれケーキと紅茶を楽しみながら、メイドさんたちからの接待を受け続ける時間が続いて――。

 気付けば、一時間が過ぎようとしていた。

 メイドさんに延長するかどうかを持ちかけられたけれど、今回は視察ということもあるし、延長はしなかった。

 でも、お店自体には大満足だ。

 ぼくたちはまた帰ってくることをメイドさんたちと約束をして、お店を出ることにした。

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