第15話

近藤淳也こんどうじゅんやのことを、知りたいだって―――――!?」

「淳也くんのことを、知りたいですって――――!?」

 昼休み。

 にぎやかな食堂の四人席の一つ。

 ぼくの目の前に座る陸とめるるの二人が、驚いたように声を重ねた。

「おい、声が大きいって!」

 慌ててぼくは、二人に注意を促した。

 ちなみに、陸とめるる――。

 二人の目の前には、それぞれとんカツカレーが置かれている。

 ぼくの目の前にあるのも豚カツカレーだ。

 すでにぼくたちは、揃って豚カツカレーを食べ始めてもいた。

「悪い悪い。確かにこれは、他人に聞かれたら困る話だもんな」

 うんうんと、納得するように頷いたあとのこと。

 真剣そのものの表情で、陸が訊ねてくる。

「それよりお前、いつそっちに目覚めたんだ?」

攻めタチ? 受けネコ? どっち!?」

 さっきよりは声のトーンは落ち着いているとはいえ、めるるに至っては机にかぶりつくようにして、興奮した様子だ。

 呼気も荒いものである。

「あのさ、そういうのじゃなくて――」

「わかってるよ」

 冗談だと笑みをこぼしたあとのこと。

 手にしていたスプーンをぼくに向けて来て、陸は言った。

「ズバリ、理由は、藤堂凛々菜だろ?」

「なっ……!」

 どう説明したものかと迷う余地もなく、陸はある一面での正解を突いてきた。

 それだけに動揺してしまったぼくを見て、陸はしてやったりの笑みを浮かべている。

「ほら、当たりだ」

「いや、その……そうじゃなくてさ……!」

「明らかに焦ってるじゃん」

 そう指摘してきたのはめるるである。

「でも、違うんだって!」

「だったら、なんだっていうんだよ」

 再び、陸が訊ねてくる。

「取材なんだ。新作を書くための」

「そういえば、『ノベルポット』の活動報告に新作書いてるって、前に投稿してたね」

「見てるのかよ!」

 すかさずめるるに、ツッコミを入れてしまった。

「たまにだけどね」

「俺も、たまに見てるぜ」

 続けたのは陸である。

 恥ずかしいからあまり見ないでくれと言っているのに、二人はお構いなしのようだ。

 続けて、めるるが訊ねてきた。

「で、その新作と淳也くんの関係は、どこにあるのさ」

「ええと……」

 ぼくはイケメンキャラが出てくることや、そういうタイプの人間がどういうものが好きで、どういう恋愛をしているのかなどを知りたいということを、めるるに告げていく。

「ふーん、そういうことなんだ」

「なんだよ、その疑いの眼差しは」

「ううん、なんでもない、なんでもない」

 一転、にこりと笑みを浮かべて、めるるは続けた。

「カズサっちがそう言うなら、そういうことにしておいてあげるよ、うん! でもって、週末までに、ちゃんと淳也くんに好きな人がいるかとか、付き合っている相手がいるかとか、調べておいてあげる。もちろん、凛々菜ちゃんとの関係もね!」

「いや、それは――」

 関係ないだろ、と言おうとしたぼくの前に、めるるはいきなり人差し指を突き出して、指を左右に振りながら、チッチッチと舌打ちをした。

「みなまで言うな、みなまで言うな。全てはわたし、桜木めるるに任せておいて。そのかわり――」

 さっきまで左右に振っていた人差し指を、めるるはビシッと目の前に突き出してくる。

 びくっとするぼくに対して、にんまりと笑みを浮かべて、

「さっき、取材って言ったでしょ? なら、その対価をもらおうじゃないか」

「……対価って、なんなんだよ?」

 いったい何を要求されるのか。

 ドキドキしながらぼくは訊ねた。

「新ノ浜駅前のショッピングセンター、サニープラザに、メイドさんがいるカフェ――つまりは、メイドカフェが出来たんだって。そこ、行きたいなーって。陸も行きたいっしょ?」

「前に、お前が言ってた場所か。どのみち、今週末に行こうって話、してたよな?」

「だから、ちょうどいいかなって。一時間の席料五百円と、ケーキ代五百円。あわせて一人千円だけど、カズサっち、出してくれる?」

 つまり情報料として、ぼくと、めるると、陸のぶん――あわせて三千円を支払えということのようだ。そこで調査結果も教えてくれるのだという。

 三千円。

 母子家庭の高校生の身分としては、かなり大きな金額だ。

 でも、今のぼくには少額とはいえ、投げ銭による『ノベルポット』からの収入がある。

「わかった。それくらいなら、払おうじゃないか」

 姫那のために。

 自分のために。

 少し痛いけれど、身銭を切ろう。

 ぼくはそう決意した。

 それに――。

(メイドカフェ、一度行ってみたかったんだよな……)

 一人だと行き辛いだけに、これはいいチャンスかもしれない。

 取材費用とも考えれば、安いものである。

「やった!」

 ぼくの返答を聞いためるるは、嬉しそうに大きな胸の前で両手を打ち付けた。

 ただ一つ、気になることはある。

「週末まで、今日あわせて四日しかないけど、それで調査は大丈夫なのか?」

「四日で充分! わたしにかかれば大丈夫! たぶん、問題なしだよ!」

 任せといてと、握りこぶしで自分の胸を叩くめるる。

 そこまで言うのなら、信じることにしよう。

 というか、信じるしかない。

 続けて、めるるが聞いてきた。

「……で、カズサっちは、土曜日と日曜日、どっちがいい? わたしはどっちでもいいけど。陸は?」

「俺もどっちでも構わないぜ」

「じゃあ、土曜でお願いしようかな」

 それが、ぼくの答えだった。

 確か、今週の土曜は、母さんが仕事のはずだ。

 なので、どこかに一緒に行くことになるとか、急な用事が入ることは、まずないだろう。

「それなら、土曜日で決まりね。待ち合わせは現地、新ノ浜駅の中央改札を出たところで。時間はお昼過ぎでいいかにゃ?」

「ああ、構わないよ」

「りょーかい」

 スマホに予定を打ち込こんだあとのこと。

 めるるはぼくに向けて、親指をビッと立てて言った。

「それまでに、ちゃんと調べておくから! 期待しておいて!」

 自信たっぷりな態度だけに、これで一つ、肩の荷が下りたような気もする。

 それに――。

(藤堂さんとの関係も、調べてくれるのか……)

 ある意味計画通りとはいえ、答えを聞くのが少し怖かった。

 でも、今は前に進むしかない。

 それがきっと、ぼくの創作の糧にもなるはずだ。

 自分にそう言い聞かせながら、ぼくはドキドキする胸を落ち着かせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る