第14話 ともだちカップル
「いってらっしゃ~い! 姫那ちゃんによろしくね~!」
姫那の恋愛に協力すると約束した翌日の朝。
学校に向かうために家から出ようとするぼくに向けて、布団の中からぶんぶんと、夜勤明けの母さんが手を振っている。
「それじゃ、行ってくる。母さん、おやすみ」
「おやすみなさ~い」
これから眠るところである、ネグリジェ姿の母さんの見送りを受けながら、ぼくは家を出た。
ちなみにだけれど、陸上部の朝練がある姫那の朝ははやい。
なので、すでに家を出ているはずだ。
ぼくは一人で学校に向かっていく。
家から学校までの距離は、歩いて十五分ほど。
ぼくは歩きながら、昨日の夜のことを思い返していた。
姫那のために、淳也のことを探るという約束のことだ。
でも、どう探ればいいのかは、まったくのノープラン。
寝る前に少し考えたけれど、まったく浮かんでいない。
学校に友達がいないというわけでもないけれど、特に顔が広い方でもないぼくは、
もちろん淳也ともそこまで親しくない。
あくまでクラスメイトというだけの関係だ。
当然ながら、直接、聞き出せるわけがない。
さて、どうしたものかと考えているうちに、学校に辿り着いた。
すでに、授業開始十分前――。
姫那たち陸上部をはじめ、運動部の面々も朝練を終えているようだ。
登校中の生徒たち以外の姿を見ることは出来ないグラウンドを横目に、ぼくは昇降口に向かって上履きに履き替え、教室に向かっていく。
そして、教室に入ると同時のこと。
鞄を机にかけ、椅子に座ろうとしている淳也の姿が視界に飛び込んでくる。
(ほんと、爽やかなやつだよな)
いかにもイケメン。モテそうだ。と思いながら自分の席に向かっていると、淳也と目が合ってしまった。
「八神くん、どうかした?」
声を掛けてきたのは淳也の方だ。
「いや……なんでもないよ」
「そっか、何か髪とか服にヘンなものがついてるのかと思ったよ」
にこりと、淳也は笑みを浮かべる。
その笑みがとても魅力的なものであることは、男の自分でもよくわかった。
とても優しくて、全てを包み込んでくれそうな笑みだ。
この笑みに、多くの女子たちはときめくのだろう。
そんな笑みは出来なさそうなぼくが、自分の席につく頃のこと。
淳也はクラスメイトの女子たちに囲まれて、昨日の夜十時に放送されていた、ドラマの話を始めていた。
(それにしても、もったいなかったかな……)
せっかく淳也から話掛けられたというのに、びっくりして、トークのチャンスを棒に振ってしまった。
得られた情報といえば、今、リアルタイムで話している、夜十時のドラマを、淳也も見ているということくらいだ。
それは直接話をしなくても得られたものだし、このようなやり方では、もちろんいつまで経っても知りたいこと――藤堂さんとの関係や、好きな人がいるのかどうかなどということには、辿り着けないだろう。
だとすれば、誰かに頼るしかない。
そう考えると同時に、一人の人物の姿が頭に浮かんだ。
直後、声を掛けられる。
「一冴、おはよう」
ぼくの数少ない友人の一人、代々木陸である。
「ちょうどよかった。今日の昼休み、めるるも一緒にメシ、食わないか? ちょっと、相談があるんだ」
先ほど頭の中に浮かんだ人物は陸ではない。
陸の恋人である、めるるだ。
彼女もぼくや陸と同じようにアニメやゲームなどが大好きだが、明るく、元気で、クラスの人気者。コミュニケーション能力も高く、友達も多い。
それだけに、情報収集は得意のはずだと考えたのだ。
「俺はめるるさえ良ければ構わないけど。って、ちょうどいいところに来たみたいだぞ」
「陸、おはよー! って、カズサっちもいるじゃん! なになに? 二人で何話してるの?」
興味深そうに、身を乗り出して聞いてくる。
これぞめるるという行動であり、今、ぼくが求めているものだ。
「なんか、一冴が今日の昼休みに、一緒にメシを食おうって。お前は構わないか?」
「別にいいけど。珍しいね、どうしたの?」
「相談があるんだ」
さっき陸に言ったように、ぼくは応える。
「相談? なに、それ?」
顔に疑問を浮かべて、不思議そうに首を傾けるめるる。
「陸は聞いてるの?」
「俺もまだ聞いてないんだ。なんなんだよ、一冴」
ぼくがその場で理由を語ることはなかった。
他の人に聞かれたいものではなかったし、もうすぐ、朝のホームルームの時間も終わってしまう。
なのでその時に話すと後回しにしてその場を乗り切って、二人と一緒に昼食を食べるという約束だけを取り付けたのだった。
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