第12話
コンピュータ研の部室で、陸と、めるると、ネットの向こう側にいるトーリさんとの四人で『バトソル』を三ゲームプレイして、なんと、一勝することが出来たあと。
ぼくは、自宅に戻っていた。
時刻は午後七時過ぎ。
今日、母さんは夜勤で、ぼくが帰宅した時には、すでに家を出ていた。
夕食はチキンライスが準備されていたので、それを食べることにする。
姫那のぶんらしきものもあったので、そのうち、取りにくるのだろう。
ぼくが学校を出る時はまだ部活をしていたし、帰ってくるまではまだもう少しかかるはずだ。
そのうち、チャイムを鳴るのかもしれない。
そして、食事のあとのこと。
ぼくは自分の部屋で学習机の前に座り、ささっと宿題を終わらせ、小説の執筆に取りかかった。
もちろん、新作のものある。
でも、昨日と同じく、何も進まない。
このまま真っ白な画面と苦戦していても、前に進むことはないだろう。
考えた結果、ネタ探しも兼ねて、『ノベルポット』で小説を読もうという結論に、ぼくは達したのだった。
アウトプットには、インプットが必要というわけだ。
ランキングを見る限り、異世界転生以外のジャンルで今人気なのは、ホラーのようだ。
ぼくは日間アクセスランキングや、週間アクセスランキングを眺めながら、分析を開始する。
ホラー小説は今、女性に人気のジャンルで、『ノベルポット』から書籍化された作品も多くあるようだ。
その中でもとびきり人気で売れている作品の著者は、ぼくと同じ高校二年生――。
まだぼくは、その作品を読んだことはなかった。
ホラーは親しみのないジャンルだし、自分で書けるとは思わないけれど、同じ年代の作家が書いたものである。
しかも、ラブコメ要素もあるようだ。
元々、恋愛小説でも書籍化されている作家でもあり、売れてもいて、今度それは、映画化されることになっているらしい。
いわゆる、若き天才というやつなのだろう。
ぼくは何かの参考になるのではないだろうかと考えて、そのホラー小説を読んでみることにした。
冒頭からの、あっという展開。
プロローグから、一気に物語に引き込まれてしまう。
これを、同じ年代の作家が書いたなんて――。
正直、その才能ぶりに嫉妬どころか、ただただ、驚くことしか出来ない。
「……って……」
突然、トントンと室内に音が響いて、一気にぼくは現実に引き戻される。
(なんだ、今の音……?)
部屋の扉に、視線を向ける。
すると、今度は背中の方でトントンと音を立てた。
「ひっ……!」
まるで今読んでいる、ホラー小説のような展開だ。
ぞくりと背筋が震えた上に、作品内容との一致も含めて、恐怖を感じながらぼくは振り返る。
すると――。
「うわぁっ!?」
椅子から飛び落ちるくらいに驚いてしまったのは、窓にくっつくようにして、一人の少女が立っていたからだ。
「……って、
そう――。
よく見るとその少女はお隣さんの、
「は、や、く、開、け、て、よ!」
「どうして、こんなところから……」
「そっちの方が楽だったからよ。うちから直接来れるし」
そう言いながら、姫那はベランダ用のスリッパを脱いで、ぼくの部屋に入ってくる。
「楽って、部屋の間のフェンスはどうしたんだよ」
「そんなの、なかったわよ」
「え……?」
ぼくはベランダに身体を半分出して、確認をする。
幅一メートルもなく、洗濯物を
そこには本来、姫那の部屋と自分たちの部屋の間を分かつための仕切り――防火フェンスがあったはずだ。
しかし、今は影も形もない。
二、三日前くらい前、洗濯物を干す時に見た記憶があるので、姫那が引っ越してくる直前に、取り外されたということなのだろう。
(ボロボロだったし、母さんが外したのか?)
あってもなくても同じようなものだったけど、なんにしろ、本当にびっくりした。
「で、なにしてたの? これ、小説?」
そう言いながら、パソコンを覗き込んでくる姫那。
その画面には、さっきまで読んでいたホラー小説が表示されている。
「なんだっていいだろ!」
慌ててぼくはモニタを消して、姫那に問いかける。
「それより、いったい何の用なんだよ? 母さんが用意してるメシなら、リビングに――」
「その前に、頼みがあるのよ」
「頼み……?」
「教科書。学校に忘れたの。宿題やらなきゃいけないから、貸してくれない?」
「そんなことかよ」
まったくと、呆れたようにため息をつきながら立ち上がったぼくは、まだ鞄の中に入っていた教科書を取り出して、姫那に突きつけた。
「ほら、これ」
「ありがと。恩に着るわ」
「次からは、ちゃんと玄関から入って来てくれよ。母さんから、うちの鍵はもらってるんだろ?」
教科書を受け取る姫那に、ぼくは言った。
「……わかったわよ」
不服そうに唇を尖らせて、部屋を出て行く姫那。
やれやれと思いながらぼくは椅子に腰をかけ、読書を再開する。
すぐに再び、部屋の扉が開いた。
「なんでまた入ってくるんだよ!」
慌ててモニタの電源を消して立ち上がり、姫那の方へと視線を向ける。
その目に映ったのは、教科書とチキンライスを手にしている姫那の姿だ。
「だって、スリッパ置いてるし。この状態なら、ノックも出来ないでしょ」
確かにそれはその通りだ。
「邪魔して悪かったわね」
ぼくの部屋を横切るようにして、窓からベランダに出て行く姫那。
それを見送ったぼくは、窓の鍵を閉めて、胸をなで下した。
本当にびっくりしたけれど、なにより自分が小説を書いているところを見られなくてよかったと、心の底からぼくは思っていた。
数日後――。
この一連の出来事がとんでもない事態に繋がるなんて。
この時のぼくは、考えてもいなかった。
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