第11話 二人の秘密

 キーンコーンカーンコーン……。

 授業の終わりを告げるかねと共に、なんとか今日一日、乗り切ることが出来たと、ぼくは息をついた。

 同じクラスではないとはいえ、朝から何度も姫那とすれ違うことがあった。

 登校中に授業中、掃除そうじの時間などもだ。

 その中で何度か視線がぶつかることもあったけれど、すぐに姫那の方から逸らされてしまったし、自分からも逸らそうとした。

 昨日の夜にした、二人の約束を守るためだ。

 もちろん、言葉をかわすこともない。

 よって、二人の間に生まれた秘密を、他の誰かに覚られることもなかったはずだ。

 帰宅準備を整えて、教室を出る。

 隣のクラスの前を通る際に、意識しすぎて教室の中に視線を向けてしまったが、姫那の姿は見ることは出来なかった。

 すでに部活に向かっているのだろう。

 帰宅部のぼくは、これから家に帰るだけだと思っていたのだけど、

「カズサ、ちょっと待ってくれ」

 背中に声を掛けられてしまった。

 クラスメイトの代々木よよぎりくである。

 中学からの腐れ縁。

 趣味の合う友人であり、クラスメイト。

 ぼくがノベルポットで小説を書いていることを知っている、数少ない一人でもある。

 振り返ると、陸の隣に三つ編み、眼鏡めがねの少女、桜木さくらぎめるるの姿もあった。

 同じ中学に通っていて、ぼくや陸と一緒のクラスだった時もあったが、今は姫那ひめな藤堂とうどうさんと同じ、隣のクラスだ。

 そしてなんと陸の彼女であり、ドがつくほどのオタクである。

 ぼくや陸もどちらかといえばオタク寄りだけど、比べものにならない。

 同人作家であり、コスプレイヤーでもあるめるるも、ぼくがノベルポットで小説を書いていることを知っている、数少ない一人だ。

「いったい、何の用だっていうんだ?」

 ぼくは陸とめるるに訊ねた。

「これから一緒に『バトソル』やらないかなって」

 答えためるるは、ポケット取り出したスマホをぼくに見せつけ、ウインクをする。

「『バトソル』か……」

『バトソル』というのは今巷で流行っている、ラストスタンディング型のバトルロイヤルゲーム、『バトルソルジャーズ』の略称だ。

 一つの島に百人が下りて殺し合うゲームで、陸とめるるは四人でチームを組んでの、スクワッド戦をプレイしたいという。

「……ってことで、俺たち三人と、お前のネットの知りあいで上手いやつ前にいたろ? 確か――」

「トーリさんのこと?」

「そうそう、トーリさん。今、プレイ出来るか聞けるか? 出来るなら、これからうちの部室に行ってプレイしようぜ」

 うちの部室とは、陸とめるるが所属しているコンピュータ研の部室のことである。

 二人以外にも部員はいるが、いわゆる幽霊部員というやつで、まず出てくることがない。

 よって部室は、陸とめるるのたまり場のようになっている。

 ぼくは部員ではないとはいえ、たまに部室に顔を出して、二人と一緒にゲームをプレイしていた。

 今のところ他の部員とは会ったこともないし、誰かに文句を言われたこともない。

「トーリさんは音声通信しないタイプだけど、それでも構わないよな?」

「構わねえよ。前だって、それでも重要な戦力だっただろ」

 陸の言う通りだった。

 トーリさんはぼくと趣味が合うだけでなく、ゲームもめちゃくちゃ上手い。

 RING《リング》というメッセージアプリを使ってスマホからメッセージを送ってみると、すぐにトーリさんからの返信リプライがあった。

 十八時から用事はあるけれど、それまでならオッケーとのことだ。

 時間的に考えると、二、三ゲームはプレイ出来るだろう。

 ということで、十五分後を目処にゲームをスタートすることをトーリさんと約束をして、ぼくは陸とめるると共に、コンピュータ研の部室に足を向けた。


              ☆☆☆


 コンピュータ研の部室は、ぼくたち二年生の教室があるA棟ではなく、B棟に位置している。

 よってぼくたちは、B棟に向けて移動していた。

 そのB棟に入る直前のこと。

 ぼくは一人の少女に、目を奪われた。

 グラウンドのトラックで、位置についている姫那ひめなである。

 姫那と同じ陸上部のユニフォームを身につけ、ストップウオッチを持っている一人の少女の「よーい、スタート!」の掛け声を受けて、これまた同じユニフォームを身につけた女子部員三名と共に、姫那はスタートを切った。

 あっという間に、姫那は独走態勢に入っていく。

 少し前まで足を怪我していたなんて思えない走りだ。

「カズサっち、そんなところにぼーっと突っ立ってて何見てんのさ?」

 先を歩いていためるるが立ち止まり、呆れたように声を掛けてくる。

「あ、悪い」

 自分が棒立ちになっていることに気付いたぼくは、足を止めて振り返っていた二人に追いつこうと歩き出した。

 すると、陸が気付いたように声をあげる。

「そうか、一冴かずさが見てたのはあれか」

 その視線は、さっきまでぼくが見ていたグラウンドへと向けられていた。

「ん、なになに?」

 続けてめるるも、グラウンドに視線を向ける。

 そこで見ることが出来るのは、トラックを走っている陸上部の女子部員たちの姿だ。

 すでに二周目のトラックだが、更に姫那が後続を引き離していく。

 そんな彼女に、陸とめるるも注目をしたようだ。

「圧倒的大差だねえ」

 めるるの言う通りだった。

 姫那が圧倒的な差をつけて、一番でゴールラインを駆け抜ける。

 二秒ほど遅れて、次の女子部員がゴール。

 更に一秒ほど遅れて、三番目、四番目の女子部員たちが次々にゴールしていく。

 すでに姫那はスタートの掛け声をあげた、ゴール地点に立っていた女子部員と、話を始めていた。

 どうやら、タイムを聞いているようだ。

 その姿をじっと見ていると、からかうようにめるるが訊ねてくる。

「もしかしてカズサっち、リトルプリンセスに恋しちゃったり?」

「なっ、何言ってるんだよ、そういうのじゃないって!」

「え、そう? なんか、じーっと見てたし、怪しいなーって思ったんだけど」

「それは、もう走れるようになったんだなって思ってさ。気になって、見ちゃったんだよ。確かあいつ、怪我してただろ?」

「ああ、そういうこと。一年の最後、入院してたもんね」

「そういやそうか。退院してから、まだ三ヶ月くらいだっけ? あんなに走れるようになるもんなんだな」

 めるるに続いて、陸もぼくの言い分を聞いて、納得してくれたようだ。

 そんなやり取りをしていた、ぼくたちの声や、視線に気付いたのだろうか。

 姫那の鋭い視線が、ぼくたちに向けられる。

 なんでわたしのことを見ているの。

 あっちに行けと言っているように思えるものだ。

「うわ、怖ッ! なんかめっちゃ睨み付けられてるし!」

 ぞっと震え上がるようにして、めるるが声をあげる。

 続けて、陸が言った。

「一冴がエロイ目で見てたの、バレたんじゃねえか?」

「なんだよ、それ……」

「ほら、陸上部のユニフォームってエロイじゃん。露出多いし」

「走ってたら、おっぱいもぽよんぽよんって揺れるしね!」

 そう言って、自分の胸をアピールするめるる。

 制服の上からわかるくらいに、めるるのおっぱいは大きい。

 身長は低めなだけに、ロリ巨乳体型と表しても過言ではないだろう。

「何言ってるんだよ……。確かにめるるの胸だと揺れるかもしれないけど、リトルプリンセスの胸じゃ、揺れな――」

 そこまで言ったところで、昨日見た、シャワーあがりのリトルプリンセスの姿が脳裏を過ぎる。

 ぼくは頭をぶんぶんと左右に振って、その姿を振り払った。

 その姿を見て、不思議に思ったようだ。

「……どうしたんだ?」と陸が訊いてくる。

「な、なんでもないから!」

 誤魔化すように答えて、ぼくは続けた。

「ともかく、はやく部室に行こう。トーリさんとの約束もあるしさ。それに、ああやって威嚇いかくされた以上、ここにいたら、リトルプリンセスに、文句の一つでも言われそうじゃないか」

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