第10話

「……って……」

 リビングに戻ると、部屋を出る前と変わらず、横になっている母さんの姿が目に入った。

 すでに寝息もたてていて、とても気持ちよさそうだ。

 でも、こんなところで今のようにたくさん肌を露出して眠っていたら、体調を崩してしまうだろう。

 外に出た時に感じた通り、春が過ぎようとしているとはいえ、まだ少し肌寒いのだ。

 なのでまずは母さんの部屋に向かい、布団ふとんを敷いてあげることにした。

 このように酔っ払った母さんの世話をするのは、いつものことだ。

 ちなみにだけれど、ぼくの部屋と違って母さんの部屋は和室で、しかもベッドではなく、たたみの上に敷いた布団で眠っている。

 昔からそうだったので、その方が性に合うらしい。

 なのでぼくはいつも通り、畳の上に布団を敷いていく。

 それが終わったあとのこと。

 リビングに戻って、相変わらずの状態な母さんの身体を揺りながら声を掛けた。

「母さん、起きてってば」

「んん……カズちゃん?」

「そうだよ、一冴かずさだよ」

「カズちゃんっ!!」

「うわっ!?」

 いきなり母さんに抱きつかれて、ぼくはカーペットの上に押し倒されてしまった。

 上に乗られて、マウントを取られているような状態だ。

「母さん、何を……」

「ねえ、カズちゃん――」

 目の前にある火照った顔。

 じっとぼくの目を見つめたまま、母さんは言葉を続けていく。

姫那ひめなちゃんと、なにを話してたの? さっきも言ったけれど、仲良しなきゃダメよー? そうしてくれたら、母さん、とっても嬉しいんだからv」

「……そんなの、わかってるって」

 目を逸らしながら、ぼくは答える。

「ちゃんと、仲良くするからさ」

「よしよし♪」

 ぼくの返事を聞いた母さんは、両腕で抱えるようにしてぼくの頭を撫でたあと、頬ずりまでしてきた。

「カズちゃんは、ほんといい子ねーv」

「ちょっ、母さんっ……! 苦しいって……!」

 照れくさくて仕方がないし、酒臭くもある。

 なので両手で母さんを押しのけるようにして強引に離れて、ぼくは立ち上がった。

 すると母さんは上半身を起こして、ぷーっと、子供のように頬を膨らませる。

「カズちゃんったら、いけずなんだからー」

「いや、いけずとかじゃなくてさ……」

 ため息一つ吐いたぼくは、まだカーペットの上に座ったままの状態の母さんに手を伸ばした。

「もう布団は敷き終わってるから、移動しよう。ここで寝てたら、風邪ひいちゃうし」

「なら、だっこ!」

 ぼくの片手を掴むことなく、母さんが両腕を伸ばしてきた。

「カズちゃん、だっこー! でないと、移動しないから!」

「はいはい、わかったよ」

 こうなったら仕方ない。

 そうしないと、母さんが絶対に動かないことをぼくは知っている。

 だからお姫さまだっこをするような形で母さんを両腕で抱えて部屋を移動し、敷き布団の上に寝かしつけた。

 そして掛け布団を被せて、声を掛ける。

「おやすみ、母さん」

 返事はない。

 すでに母さんは、再び寝息を立てていた。

 続けて、仏壇ぶつだんの上に備え付けられている父さんの写真にも、ぼくは声を掛ける。

「父さんも、おやすみ」


 それからぼくはお風呂に入り――。

 自分の部屋に移動して、ベッドに寝転がった。


 天井を見上げながら思い返すのは、今日一日のことだ。

 母さんが再婚するんじゃないかとか、その相手に連れ子がいて、義理の姉や妹が出来るんじゃないかとか、この家で同居をすることになるんじゃないかなんて、そんなシチュエーションを想像したことがないといえば嘘になる。

 夕食を兼ねた姫那の歓迎パーティの時に母さんが言っていた通り、幼い頃に妹が欲しいと言ったことはあるし、中学生くらいの年齢になってからは、もしかしたらそんなことが起きるんじゃないかなんて、現実的に考えたこともあった。

 年齢にしては母さんが若く見えることも、綺麗でモテるということも、理解していたからだ。

 とはいえ、こんな形で同じ学校に通う、同学年の少女が隣に引っ越して来るなんてシチュエーションは、想像したことがなかった。

 というか、出来るわけがないだろう。

 こんなこと、普通は起きることじゃない。

 それに、あくまでお隣さんなのだ。

 同居でもないし、家族になるわけでもない。

 あえて言うなら、遅れてきた幼馴染おさななじみ……というところだろうか。

「なんだよ、それ」

 遅れてきた幼馴染み。

 自分で考えておきながらも苦笑してしまうほどに、ヘンな例えだと思う。

 なんにしろ、ぼくの生活は、それほど変わることはないはずだ。

 でも、これはこれで何か小説のネタになるんじゃないか――なんて、考えている自分もどこかにいた。

 今は何も書けなくて、マイナスの状態なのだ。

 なにが起きてもプラスでしかないだろう。

 そう考えながらぼくは、今日一日起きたことを、ノートパソコンに打ち込んでいく。

 こうして父さんみたいに日記を書くのも、ぼくの日常だ。

 ある意味、ネタ帳のようなものである。

 それが終わったあとのこと。

 ぼくはベッドに移動して、眠くなるまで本を読むことにした。

 これもまた、ぼくの日常である。

 本に挟まれているしおりは、大好きな藤堂さんからもらった、四つ葉のクローバーが押し花になっているものだ。

 その本を読み進めているうちに眠気が襲ってきたので、ぼくは栞を挟んで本を閉じ、電気を消して、眠りの世界へと落ちていった。


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