第6話

(手伝ってやれって言われてもな……)

 二人きりになった室内を、ぼくは見回した。

 大きな家具や家電、荷物などは、すでに姫那ひめなが定めた位置に置かれている。あまり荷物は持ってきてないようで、ダンボールもそれほど数がない。

 そんな中で何かぼくに出来ることはないだろうかと考えたところで目についたのは、窓際に置かれているオレンジ色を基調にした、パステルカラーのカーテンだ。

「それ、つけてやろうか?」

 そう声を掛けたのは、天城さんは背丈が小さいので、カーテンをつけるのは大変だろうと思ってのことである。

「そうね、お願いしていいかしら」

 どうやら提案は大成功だったようだ。

 姫那の言葉を受けて、ぼくは作業を開始する。

 最初から窓の上部カーテンレールはついてあったし、カーテンにもフックがついていたので、背伸びをするだけ簡単に取り付けていく。

 なんだか同じ学校に通う女子の家でこうして作業をするのは、なんだか学園祭みたいな気分だ。

「これでオッケー……っと。どうだ、完璧だろ?」

「まあ、いいんじゃないかしら」

「他に何かやることはないか?」

「うーん、特にやってもらいたいことは、もう何もないけど」

「そっか……。それじゃ、ぼくは――」

 やるべきことは最低限はやったし、これで問題はないだろう。

 なので、自分の部屋に戻ると言おうとしたところで、カーテンをつけている間に姫那の手によって開かれたダンボールのうちの一つに、ぼくは視線を奪われてしまった。

 本が入っているものである。

 その中でも、ぼくは一冊の本――。

 真城翔一ましろしょういちの本に、釘付けになってしまう。

「これって……」

 真城翔一は、かなり有名な人気作家だ。

 とはいえ、大人の恋愛を描く作家である。

 濡れ場なども多く、読者層は中高年の男性。

 女子校生が読むものではない。

 そんな真城翔一の本を、なぜ天城さんが持っているのだろうと、疑問に思ったところでのことだ。

「ちょ、何見てるの!? それは、ダメっ!!」

 突然、天城さんが飛びかかってきて、ぼくから本を取り上げようとする。

 それによって、ぼくの身体のバランスは崩れてしまって――。

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 ぼくは天城さんに押し倒されてしまった。

 つまりは、ぼくの上に天城さんが乗っているような状態ということだ。

 それでも、重くない。

 小さいだけあって、とても軽い身体。

 でも、どことなく柔らかくて、いい匂いがして――。

(って、ドキドキしてる場合じゃない…… !)

 とりあえず自分は大丈夫だけど、天城さんはどうだろう?

 なによりはやく離れてもらわないと、男として大事なトコロが、大変なことになってしまいそうだ。

 慌てて、ぼくは天城さんに声を掛ける。

「だ、大丈夫か……?」

「たたた…… って――」

 ぼくの声掛けによって、自分が置かれている状況に気付いたようだ。

 はっとなった天城さんは、一瞬にして顔を真っ赤にしたあと、地面を這うようにしながら、ぼくから離れていった。

 そして地面に落ちていた本を拾い上げ、座ったまま、大切なものであるように、両腕で抱きしめる。

「今の本のことは忘れて!  いい!」

 ぼくに背中を向けたまま、首だけで振り返って叫ぶ天城さん。

「わ、わかったよ!  それじゃ、ぼくは部屋に戻るから!」

 ドキドキと心臓が早鐘を打つ中。

 焦るように、ぼくは天城さんの部屋を飛び出した。


              ☆☆☆


「あー、ドキドキした……」

 廊下ろうかに飛び出したぼくは天城さんの家の扉に背中を預けて、高鳴る鼓動を抑えるように、左胸に手をあてていた。

 まさかあんな風に天城さんと、身体をくっつけ合うことになるなんて――。

 それから自分の部屋に向かって、ベッドに寝転がる。

 すると、すぐに違和感を覚えることになった。

(なんだ、この匂い……?)

 くんくんと自分の服を嗅ぐと、先ほど感じた匂いがした。

 ――姫那の匂いだ。

 どうやらほんのわずかな間の出来事だったというのに、甘い、少女特有の匂いが、服に染み付いてしまったようだ。

 それを感じると同時に、その身体の柔らかさも呼び起こされてしまう。

 同時に思い出したのは、そのような状況になった原因である、真城翔一の本のことだ。

(なんであんな本が、天城さんの家にあったんだろう?)

 そのようなことから縁遠そうな雰囲気をもっているけれど、真城翔一の本に書かれているような内容に、天城さんは興味があるということなのだろうか?

 真城翔一の本ならば、二人、絡まりあって床に倒れたら、間違いなくそのまま――なんて、妄想が加速して、下半身がムズムズとしてきてしまった。

 やがては机の上の置いてあるティッシュ箱に、目が釘付けになってしまう。

(――って、何を考えてるんだ、ぼくは……!)

 ぶんぶんと、首を左右に振りながら、妄想を振り払う。

 ぼくが好きなのは、藤堂さんなんだ。

 別の女の子にドキドキするなんて、劣情を催すなんて、あってはならないことだ。

 自分にそう言い聞かせていると――。

「うわっ!?」

 枕元に置いてあったスマホが音を立てた。

 電話の着信だ。

 びくっとしながらも手に取って、画面を確認する。

 そこには母さんの名前が、表示されていた。

「母さん、どうしたの?」

 電話に出ると同時に問いかける。

『あ、一冴? 一つ言い忘れてたんだけど……姫那ちゃん、そこにいる?』

「いないよ。引っ越しの手伝いはもう終わって、家に戻っててさ。そろそろ、夕食の準備しようかなって」

『それなら、ちょうどよかったわ。今晩は姫那ちゃんの歓迎会するから、声を掛けておいてくれないかしら? こっちは今、仕事が終わったところでね。これからいろいろ買って帰るところなの。だから、準備はいらないわ。それじゃ、よろしくね!』

「…………」

 通話が切れたスマホを、ぼくは数秒の間、じっと見つめていた。

(これからまた、あいつのところにいくのか……)

 さっきのことがあっただけに、なんだか顔を合わせ辛い。

 それでもはやく、母さんからの言づてを伝えた方がいいだろう。

 なにせもう、時計の針は午後七時を回っている。

 普通ならば、夕食の時間だ。

 食べにいくか、買いにいくかしていても、おかしくはないだろう。

 なのですぐにぼくは隣の部屋に向かって、チャイムを押した。

 ピンポーン、ピンポーン……

 チャイムは鳴るが、反応はない。

 もう出掛けてしまったのだろうか?

 母さんからの電話は遅かったというわけだ。

 さて、どうしたものか――

「――って……」

 ドアノブに手を掛けると、扉が開いた。

「鍵、掛けてないのか……?」

 ガチャリとドアを開けたところで、ぼくは目を疑うことになった。

 入り口近くにあるお風呂場から、天城さんがタオルで頭を拭きながら出てきたからだ。

 タオル以外は裸の状態で、である。

「え……?」

「え……?」

 ぼくと天城さんの声が重なった。

 細い手足。

 胸元も、それほど膨らみはない。

 とはいえ、目に映る天城さんの身体の曲線は、女の子そのもので――。

「な、なななな、なんであんたがここにいるのよっ!」

 ぼくのことに気付くなり顔を真っ赤にした天城さんは、焦りながらも、タオルで胸や下半身など、女の子特有のドキドキポジションを隠して、お風呂場に駆け戻りながら叫んだ。

「ええと、母さんからの言伝ことづてがあって!」

「だからって、勝手に人の家に入らないでよっ!」

「――痛てッ!?」

 顔にぶつかったのは、風呂桶ふろおけだ。

 もちろん、天城さんが投げたものである。

「はやく出て行って! 冴子からの話は、あとで聞くから!」


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