第5話
すぐに母さんは病院に戻っていった。
入院患者たちに夕食を出す仕事があるという。
リビングに残された、ぼくと天城さん。
互いを探り合うような、沈黙の時間が続いていく。
それを打ち砕いたのは、天城さんの方だ。
「部屋、見てくるから」
そう言って、天城さんは座布団から立ち上がった。
「荷物、来たら教えて」
ぼくは玄関に向かっていく天城さんに声を掛ける。
手伝えと、母さんに言われたのだから仕方ない。
女手一つで育ててくれている母さんに、ぼくは逆らうことは出来ないのだ。
そこで突然、スマホの着信音が鳴り響いた。
ぼくのものではないので、天城さんのものだろう。
どうやらその通りだったようで、天城さんはスカートのポケットから取り出したスマホで着信に応じ、通話を開始する。
「もう、荷物が着くみたい」
すぐに通話は終了。
ならばとぼくも立ち上がり、天城さんと一緒に部屋を出る。
向かう先は、お隣の303号室。
うちが302号室なので、その奧の部屋。
この階で一番、奥の部屋だ。
天城さんが鍵を開けて扉を開くと、見慣れた玄関が目に映った。
当然のことながら、見た目はうちとかわらない。
先に部屋の中へと入っていく天城さんに続いて、ぼくも部屋の中に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
当然のことながら、内装もうちとかわらなかった。
でも、間取りは違っている。
うちは2LDKだけれど、天城さんの部屋はワンルームだ。
「ここが、今日からわたしが暮らす部屋……」
ぐるりと何もない部屋を見回して、天城さんは呟いた。
部屋自体は、ぼくにあてられている一部屋よりも少し広い。
うちのリビングと同じくらいで、
一時的な一人暮らしと考えれば、何も問題はないどころか、充分すぎる広さである。
「電気、つくのかな……?」
すでに夕暮れ。
家の中は少し暗い。
「電気とかガスとか水道の手続きは終わってるって、冴子は言ってたわ」
「あ、ほんとだ」
部屋の入り口近くのスイッチを押して見ると、あらかじめ天井に備え付けられていた電灯が光を放った。
続いてピンポーン! と、部屋のチャイムが音を立てる。
どうやら、荷物が届いたようだ。
玄関の近くにいたぼくが扉を開く。
それと同時のことだ。
「え……?」
目の前に現れた中肉中背のおじさんを見て、ぼくは驚いてしまう。
母さんの親戚の、建築会社の社長さんだったからだ。
どうしておじさんがと聞いてみると、母さんに頼まれて、引っ越しの手伝いをすることになったことを教えてくれた。
その部下たちも母さんの頼みならと、協力してくれたようだ。
さすが母さん。
(というか、来るのがおじさんなら、先に言っておいてくれよ)
相変わらず、言葉足らずの母さんだとぼくが思う中、おじさんたちはあっという間に建築会社のトラックからベッドや洗濯機や本棚、冷蔵庫など、大物家具や家電を、天城さんの部屋の中へと運び込んでいく。
ぼくといえば、天城さんがそれはそこに置いてだとか、そこに積んでなど、指示を出しているのを見ていることしか出来なかった。
それが終わったあとのこと。
「ワンルームの新居に男女二人。なんだか新婚さんみたいだな」なんて、ぼくはおじさんにからかわれてしまった。
それに対して、ぼくは苦笑しか返せない。
ぼくの父さんと母さんのこともあるし、正直、笑えない冗談である。
なんにしろ、荷物の運び込みはこれにて終了。
「あとはお前が手伝ってやれ」と言い残して、手伝いの若者二人と共に、おじさんは立ち去っていった。
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