第4話

 学校の制服姿ではない。

 パーカーにスカート姿というラフな服装をしている。

 つまり一度家に帰ってから、こうしてぼくの家を訪れたということのようだ。

 しかも右手では、旅行に向かうような手提てさげカートを引いていた。

「なんであんたが出てくるのよ」

 戸惑うぼくに対していきなりの、ぶしつけな質問である。



 しかも、上目で睨み付けられていた。

「なんでって、ここがぼくの家だからだけど」

 それ以外、答えられない。

 帰宅部だから、この時間でも家にいる。

 それだけのことだ。

「というか、なんでリトルプリンセスが――」

 ぼくがそう言った直後のこと。

 ギロリと、睨み付けられてしまった。

 それもそうだろう。

 リトルプリンセスという呼び名は蔑称。

 彼女自身は、気にいっていないものなのだから。

 ぼくは慌てて言い変える。

「ええと、天城さんは、どうしてここに……?」

 ぼくとは違って、天城さんには部活もあるはずだ。

 彼女が陸上部であることを、ぼくは知っている。

 確か冬休み明けに怪我けがをして、入院していたけれど、まだ復帰してないのだろうか?

「用事があるからよ。冴子さえこはいる?」

「え、母さん? 母さんはまだ、仕事中で――」

 病院にいるはずだと、答えようとしたところだった。

 一台のバイクが、アパートに近付いてくる。黒の車体に赤の模様が入った、カワサキNINJYA250――母さんが乗っているものだ。

「母さん!」

「冴子!」

 ぼくとリトルプリンセスの声が重なるように発せられた。

 頭に被っている赤いヘルメットといい、着用している赤いジャケットと黒のシャツにマッチするような黒のタイトスカートといい、母さんであることは間違いはない。

 アパートの前で、バイクが停止する。

「ごめんなさい、遅れちゃって」

 ヘルメットを外してバイクから降りた母さんは、ぼくたちにそう声を掛けて、階段を上がってきた。

 いったい、何に遅れたというのか。

 状況を理解出来ないままに、ぼくは母さんに訊ねた。

「母さん、これってどういう……」

「カズちゃんには、これから説明するわ」

 ぼくの隣をこじ開けるようにして部屋の中に入った母さんは、リトルプリンセスに呼び掛ける。

「姫那ちゃんも中に入って。そこで、鍵を渡すから」


              ☆☆☆


「天城さんが、うちの隣で暮らすって――」

 ぼくと母さんと天城さんの三人は、リビングに置かれている低いテーブルを囲むようにして、カーペットの上に腰を下ろしていた。

 テーブルは少し前まで、炬燵だったものである。

「その言葉通りよ」

 答えた母さんは、目の前で、ぼくの隣に座っているリトルプリンセスこと、天城姫那に鍵を差し出した。

「でもって、さっき言ってた鍵ね」

「ありがと、冴子」

「どう致しまして」

 親しい様子で母さんから鍵を受け取る天城さん。

 そのまま母さんは言葉を続けていく。

「道が混んでいてもう少し時間がかかるみたいだけど、あと少ししたら、荷物が届くはずよ。カズちゃんはお引っ越し、手伝ってあげて。わたしは病院に戻らないといけないのよ――」

 母さん曰く、勤務時間はまだ終わっていないという。

 休憩時間に許可を得て、一時帰宅している状態ということのようだ。

「いや、手伝ってあげてじゃなくてさ。どうしてこういうことになったのか、事情を説明して欲しいんだけど……」

「あれ? わたしと姫那ちゃんが病院で仲良くなったことは、前に話をしなかったっけ?」

「された覚えはあるけどさ……」

 今年が明けて少しした、一月の終わりのことである。

 天城さんは部活中の足の怪我で、二週間ほど入院することになった。

 その入院先が、母さんが看護士として勤務している病院だったこと。

 天城さんの担当看護士に母さんがなったことなどは、その頃に聞かされた憶えが僅かにあった。

 一年生の時も違うクラスなのであまり気にしていなかったが、さっき思い出したことだ。

 ぼくの母さんと父さん――。

 そして天城さんの父親が高校時代の同級生だったこともあって、看護士と入院患者以上に親しくなったと言っていたこともである。

 ただ、それだけではまったく理解することが出来ない。

「……で、それと天城さんが、うちの隣に引っ越してくることに、どういう関係があるんだよ」

「放浪癖があるのよ」

「はい?」

 誰が? と思ったが、どうやら、天城さんの父親のことのようだ。

 昔から放浪癖があり、今も絶賛放浪中。

 一年以上、天城さんとも会っていないし、連絡を取るのさえ、かなり難しい。

 天城さんが入院する際の手続きも、そのせいで苦労したという。

 加えて、天城さんがまだ幼い頃に、父親と母親は離婚している。

 母親とも長年、連絡が取っておらず、取ることも出来ない。

 その上、天城さんは一人暮らし。

 入院中は、家に誰もいない。

 その間に泥棒が入ったりしていないか、何か異変はないかなどなど、母さんが確認しにいっていたようだ。

 その際に母さんは天城さんが住んでいた一軒家が立ち退き要求を受けていることを知り、入院の手続きの際に知った連絡先を手がかりに、天城さんの父親に連絡を取った。

 結果、あとのことはお前に任せると言われて、このようなことになったようだ。

「このアパート、築年数はかなり経っているけれど比較的丈夫だし、家賃も安いし、ちょうど隣も空いてたし、わたしという保証人もいるわけでしょ。家主さんにも顔が利くし、ぴったりだったってわけ」

 うふふと、笑みを浮かべる母さん。

 以上が、天城姫那がお隣さんになったことについてのあらましというわけだ。

「それにしても、すごいお父さんだな……」

 思わず出たのは、そんな言葉だった。

「芸術家みたいな人だからね」

 答えたのは、母さんである。

 それを聞いて、天城さんはどこばつの悪そうな表情を浮かべていた。

 最初は失礼なことを言ってしまったのかと思ったけれど、その表情はどことなく、父親のことをよく思っていないような――そんな表情に、ぼくには見えた。

「ともかく、これからお隣さん同士なんだから、二人とも仲良くね」

 にこりと微笑む母さん。

 顔を見合わせたぼくと天城さんの二人は、互いに困惑した表情を浮かべ合っていた。


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