第3話
父の姿は写真でしか見たことがない。
今のぼくと
見た目も、ぼくとあまり変わらない。
血が繋がっていることがよくわかるくらいに、よく似ていると言っても過言ではないだろう。
どのクラスにも一人はいそうなタイプの、普通の高校生である。
そんな父とは正反対に、高校時代の母さんは美人そのものだ。
髪を茶色に染めて、ウェーブもかけている。
ヤンキーとまではいかないが、ずいぶんとヤンチャだったことが、当時の写真から伝わってくる。
今でも見た目はあまりかわっていない。
そんな母さんといかにも普通の父さんが、なぜ恋人同士になれたのだろう。
互いに高校生の年齢で恋に落ちて、ぼくをつくったのだろう。
高校生で子供をつくるということは、世間的な常識よりも相当はやいことは、小学生の頃から理解していた。
いったい父さんは、どんな人だったのか。
どうして母さんは、父さんのことが好きになったのか。
幼いながらにもそんな疑問を持っていたぼくは、何度もそれを母さんに聞いていた。
そのたびに母さんは、父さんのことをぼくに話してくれた。
和室に敷かれた、一緒の布団の中で。
六畳一間の和室に置かれた仏壇の上に掲げられた、父さんの写真の前で。
母さんから父さんの話を聞くたびに、頭の中で、その存在の輪郭が次第に形作られていった。
父さんと母さん。
二人の出会いから、永遠の別れまでの物語。
ぼくはそれを膨らまして、一つの小説を書きあげていく。
『
母さんからは、父さんの将来の夢が作家だと聞いていた。
父さんは文章を読むのが好きで、書くのも好きだった――と。
どうやらそんな父さんの血が、どうやらぼくにも流れていたようだ。
文章を読むのも書くのも、ぼくは好きだった。
とはいえ、自分の父さんと母さんの初めての出会いから、永遠の別れまでの物語である。
こんなものを書いていいのかという迷いもあったが、書き始めると、筆が止まることはなく、その衝動を止めることも出来なかった。
自分の中で知りたかった父さんという存在が動き出し、その人となりが想像の産物とはいえ形作られていくのに、興奮してしまったのもある。
やがてぼくはそれを多くの人に読んでもらいたいと思うようにもなり、インターネット上にある小説投稿サイト『ノベルポット』に、七條カズサ名義で『蛍火(ほたるび)』の投稿を開始。
すぐに反応はなかったけれど、連載を続けるうちにポツポツと感想が付き始め、完結する頃には、多くの読者もついて、いい評価を受けるようになっていた。
『感動した』や『泣いた』などの感想コメントが、多くつけられているおかげか、むしろ完結してからの方が、多くの人たちが読んでくれているくらいだ。『新作希望』などというコメントもたくさん見ることが出来る。
それによって気をよくしていたぼくは、その声に応えようと思い、新作に取りかかろうとしていたのだけど――。
「ぜんぜんダメだ……」
ゴールデンウィークが明けて、少し過ぎた頃のことである。
学校から帰宅し、制服から着替えを終えて、Tシャツにジーパン姿で自室の作業机の前に座っていたぼくは、自虐するように呟いた。
少し前まで向かい合っていたノートパソコンの画面には、『ノベルポット』の執筆ページが表示されている。
投稿欄は真っ白だ。
パソコンの前に座っても、小説ではなく、頭をかいてばかり。
書いては消し、書いては消しの繰り返しの状態が、ここ数日続いていた。
仰向けになって天井を見上げながら、やっぱりぼくには才能がないのだろうかなんて、そんなことを考えてしまうのは、『蛍火』があくまで、母さんから聞いた父さんとの話を膨らませて書いたものだからだ。
それだけに迷うことなく書けたのかもしれないし、評判がよかったのかもしれない。
今になって思えば作家になりたいという夢をもっていた父さんが、ぼくに憑依していたのではないかと思うくらいだ。
自分が作家になれる、なれないはともかく、次回作を期待している
しかし、ネタが浮かばない。
少し浮かんでも、形にすることが出来ない。
これまで読んだことのある物語にどこか似てしまうし、そこから外そうとしたら、キャラクターが動かなくなってしまう。どこか実体感がなく、ふわふわしてしまって、何も書くことが出来なくなってしまう。
――『蛍火』は、キミの父さんや母さんの恋愛のことを書いたんだろう? だったら、今度はキミ自身の恋愛のことを書いてみたらどうだい?
ぼくの読者の一人でもあるネット上の友人、トーリさんに相談した結果、返ってきたアドバイスがそれだ。
(ぼくの自身の恋愛、か……)
そんなことを言われても、これまで恋愛らしい恋愛などしたことはない。
そもそも高校二年生で、どんな恋愛が出来るというのだろう。
……と言っても、父さんと母さんの恋の始まりは、今のぼくと同じ年齢――高校二年の春なのである。
『蛍火』を読んでいるトーリさんには、言い訳にならない。
――恋愛。
考えると同時に脳裏を過ぎったのは、藤堂さんの姿だ。
藤堂凛々菜。
一年の時のクラスメイトで、今は隣のクラスに在籍している、ぼくの好きな人。
でも、その方面の進展はまったくない。
同じ読書が趣味ということもあって、書店や、その書店に併設する喫茶店――図書館などで会えば話をするにしても、どこか藤堂さんが遠い存在に感じてしまうのは、清楚で大人しい感じではあるとはいえ、美人で才媛である藤堂さんの人気は総じて高く、告白して、玉砕している男もたくさんいると聞いているからだろう。
それどころか、藤堂さんの幼馴染みである人気者の男子――一年、二年とぼくと同じクラスで、どちらもクラス長でもある柿内淳也と、付き合っているという噂だってあるのだ。
それだけに
それでも告白して、
いっそそれもネタになるし、だとしたら、何かが書けるかもしれない――なんて、考えてしまうくらいだ。
しかし、その勇気が出ない。
今の藤堂さんとの関係を壊したくないからだ。
少しだけでも藤堂さんと喋られるだけで、ぼくは幸せなのだと、そんな風に、もやもやしていると、ピンポーン! ピンポーン! と、家のチャイムが音を立てた。
……いったい、誰なのだろう?
母さんが、宅配便でも頼んでいたのだろうか?
ぼくはベッドから上半身を起こして、玄関へと向かっていく。
そして、扉を開くと同時に、目を疑うことになった。
今日の掃除の時間にぼくにぶつかってきた少女――隣のクラスのリトルプリンセスこと、天城姫那が立っていたからだ。
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