六章 アンバーカラー 3—3
ジェイドは自分を空中で抱きとめている男を、肩ごしにふりかえった。
ゾッとするような冷たい笑みを、エメラルドが浮かべている。
「……エメラルド?」
エメラルドは抗えないほど強い力で、ジェイドを反重力ボードの上につれもどした。
ボードはエメラルドの操作で進み始める。
「あの娘は用済みだ。卵巣は摘出したあとだからな」
その口調はもう、さっきまでのエメラルドではない。
表情にも態度にも、女性的なまでに優美な、なよやかさはない。同じほど典雅ではあるが、もっと冷然として厳しい。
「あんた、いったい……」
この笑み、どこかで見たことがある。
どこかで……どこで……?
目の前が琥珀色の一色に染まったような錯覚に、ジェイドはおちいった。
そのときだ。
「やはり、私がいなければダメだな」
その人の声がした。
ジェイドたちのボードの前に、ふわりと白い人影が舞いあがる。その腕に、エンジェルを抱きとめて。
「花など、いくらでもまた作れるのに」
「だって、だって……あなたのくれた、大切な花だから……」
エンジェルは泣きじゃくった。
「生きていたのね。ED!」
そう。まちがいなく、EDだ。
以前と同じガラスのボディーが、熔鉱炉からの光を受けて、まぶしいほど白く輝いている。
「正確には、以前のボディーは死んだ。これはベースキャンプに置いてあったスペアだ。私は新しいボディーを造るとき、必ず、まったく同じ造りのスペアを用意しておく主義なんだ。私の人工知能が永久停止した瞬間に発するパルスを受信し、自動で起動するよう設定してな」
ジェイドは、あぜんとしてつぶやく。
「でも、最近の記憶が……」
「オニキスの部屋に泊まったとき、それまでの記憶をベースキャンプに送信しておいた。そのあとのことは、宇宙船から死んだボディーを回収し、一時記憶をコピーした。そして、おまえたちの電波を追ってきたが、危ういところだったな。まにあって、よかった」
EDはエンジェルに優しく微笑みかける。
エンジェルの瞳は、まだ涙にぬれていたが、微笑がこぼれた。
やっぱり、完敗だ。EDには何をやってもかなわない。でも、そこに悔しさはなかった。
「よかった。ED、エンジェル……」
ジェイドは感動していたが、EDは厳しい顔つきになる。ジェイドがエンジェルを守れなかったからかと思ったが、ほこさきが違っていた。
EDは言った。
「やはり、あなただったのですね。宇宙船のなかで見た人影。もしやと思ったが……」
EDの目は、エメラルドをまっすぐに見つめている。
エメラルドは、あいかわらず、氷の笑みを口辺にただよわせている。
ジェイドは低く、問いかけた。
「エド。彼はあんたの兄弟、EMだっていうんだけど……」
EDは鼻さきで笑った。
「EM? 彼がEMなどであるものか。ほかの者はだませても、私はだませない。E——あなたはEオリジナルですね?」
エメラルド——いや、Eオリジナルは薄笑いをきざんで宙に浮かんだ。竜の翼を羽ばたかせ、エレベーターへ続く廊下への扉の前まで飛んでいく。
EDが呼びとめた。
「待ってください! なぜ、あなたはこんなことをするのですか?」
「知りたければ来るがいい。もうじき、すべてが終わる。長いときをかけた我らの使命が、ようやく果たされるのだ」
Eの姿はハッチのむこうに消えた。
EDが追ったが、ハッチは寸前に閉ざされた。
「ジェイド、何をグズグズしている。早く来い」
「あ、なんか、やっぱりムカつくかも……」
感動の再会もつかのま。
さっそく悪態つきながら、ジェイドは反重力ボードをあやつった。
ジェイドたち四人がドアをひらいて廊下へ出たときには、もちろん、Eオリジナルの姿はない。
「逃げられたか」
EDが首をふった。
「いや。来いと言ったからには逃げはしない。あの人は、そういう人だ。恐ろしく誇り高いのだ」
EDが言うくらいだから、いったい、どれほど高慢なんだか、はかりしれない。
「でも、よかったよ。ほんと、あんたが生きてて」
EDはかるく笑って、あごをしゃくった。
「おまえ一人では頼りないからな。来い」
苦笑して、ジェイドは長い廊下をかけだした。
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