六章 アンバーカラー 3—2
「なんだか、暑いわね」
エンジェルの声で我に返る。
ジェイドたちはボディーに断熱処理がほどこされているので、あまり感じないが、生身のエンジェルは温度の変化に敏感だ。
たしかに、さっきから、ひどく汗をかいている。呼吸も荒くなって、つらそうだ。
「大丈夫?——なあ、エメラルド。ちょっとのあいだ、この子、休ませてやっていいかな? 水を飲ませてやりたいんだ」
追いかけてくるサポーターの数は、今のところ減っている。
大部分がエメラルドの音波攻撃で、死体みたいにころがっている。もっとも、十分ほどで再起動してしまうので、キリはないが。
エメラルドは先頭からふりかえって答える。
「もう少しだけ辛抱してもらえませんか? 透視で見えましたが、このさきに、ひじょうに広い空間があります。そのブロックをぬければ、エレベーターに続く直線の廊下です。エレベーターに乗ってしえば、追っ手もいなくなるでしょう」
それなら、しかたない。
「エンジェル。そこまでガマンできそう?」
こくんと、エンジェルがうなずく。
ジェイドたちはエメラルドの示すドアを、オニキスのハッキング機能でひらき、最後のブロックへと入った。
そのとたん、エンジェルの言っていた暑さの原因が、ジェイドたちにもわかった。
そこは、熔鉱炉の真上だった。
熔鉱炉の上には断熱シールドが張られているが、それでも、室温は
腕のなかで、エンジェルがフウフウ言いだしたので、ジェイドはあせった。あわてて床におろし、リュックから水筒を一つ出してやる。
「飲んで」
エンジェルはゴクゴク喉をならして、水をむさぼった。だが、これでは数分もたない。
「早く、むこうがわへ行こう」
熔鉱炉を上から目視し、点検整備するための空間のようだ。
吹きぬけになった天井の高い一室で、ジェイドたちのいるがわと、むこうがわの壁にそって、バルコニー状に柵のついた床がある。人間の立てる場所はそこだけだ。
ただ、バルコニーの端に、点検用だろう。反重力ボードがある。それを使えば、むこうがわへ行ける。
むこうがわの壁にも、こっちと同じようなドアがある。あそこからエレベーターに通じる直線の廊下へ出られるのだ。
「さきに行ってください」と、エメラルドが言った。
「私が飛んでつれていってあげたいが、全員いっぺんにはムリだ。ここで追っ手が来るのをふせいでいますから」
「わかった。たのむ」
ジェイドはエンジェルを抱きあげた。
反重力ボードは低い手すりのついた円盤型だ。ボードの中央に矢印の描かれたパネルが四つ、パネルにかこまれて二つ、色の違う丸いボタンがついている。
「これ、ふんで操作するやつか」
矢印のパネルが進行方向、ボタンが上下の高低をコントロールするのだろう。立ちながら操作できるので、点検修理などには便利な乗り物だ。
オニキスが、ひとめ見ただけで弱音を吐いた。
「うはッ。この手の反射神経を要する乗り物は苦手だよ。ジェイド。君が操縦してくれ」
「しょうがないなぁ。エンジェル、この手すりに、しっかり、つかまってるんだよ?」
エンジェルをボードにすわらせ、手すりにもたれさせる。オニキスが反対側に乗り、バランスをとった。ジェイドが中心に立ち、ボードを操作する。ボードの操作は簡単だ。行きたい方向に足を動かすだけである。
ボードはすんなりと、吹きぬけの空間を進む。
ところどころ柱があるので、それだけは、うまくよけなければならない。
吹きぬけ部分は六十メートルほど。
燃えるような白熱した光とともに、下から熱気が吹きつけてくる。
おかげで、ジェイドの電力はグングン回復したが、それにつれて、エンジェルはますますグッタリした。
反重力ボードのスピードは変えられないので、焦りがつのる。最短距離で行けるよう、ジェイドは一心不乱に前を見つめていた。
ちょうど熔鉱炉の真上にさしかかったときだ。
「あ、花が——」
それは、一瞬のことだった。
エンジェルの胸元から、ガラスのケースがこぼれおちる。EDの遺した、あの花のケースだ。
エンジェルは手を伸ばした。
そのまま、手すりのむこうへ——
「エンジェル——ッ!」
ジェイドが叫んだときには、もうエンジェルの姿は手すりのむこうへ消えていた。
白い花を追って、落ちていくエンジェル。
まるで悪い夢を見ているような光景だ。
エンジェルは、まっすぐにその手を伸ばしている。
EDが呼んでいるかのように。
そこに、EDが待っているとでもいうかのように。
「エンジェル! エンジェルッ!」
ジェイドは手すりをこえて追っていこうとした。
その肩を誰かがつかんで、ひきとめる。オニキスだ。
「もうムリだ。ジェイド!」
「イヤだ! 行くんだ! おれはエンジェルを守るんだッ!」
感情パラメータが急上昇した。抑制数値をふりきるのが自分でもわかる。
オニキスの手をふりほどいて、ジェイドは白熱した光のなかへとびこんだ。
ジェット噴射をかければ、まだ、まにあう。抱きとめて、それから——それから……。
だが、ジェイドの体は、途中で逆もどりした。ふいに自分の体が抱きとめられ、上昇していくのを感じる。
さらりと、ジェイドの肩にブロンドがこぼれかかる。
「まだ、おまえに死なれてもらっては困る。最後のファイルが手に入らなくなるのでな」
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