六章 アンバーカラー 3—1

 3



 そのとき、ジェイドは、それをエヴァンだと思った。そんなはずはないのに。エヴァンは死んでしまった。


 だが、勘違いしてもしかたない。

 そのEは、エヴァンの好んだオリジナルボディーに忠実な、オーソドックスな姿をしていた。エヴァンの好きだった古めかしいデザインの服を着ていた。たしか、フロックコートとかいうやつだ。髪の色はブロンドだが、瞳はエヴァンと同じ、エメラルドグリーンだ。


 彼は、にこりと笑って自己紹介した。


「私はEMERALD。以前、EMと呼ばれていた者です。今は親しい者には、エメラと呼ばれています。オニキス、おひさしぶりですね」


「おお、EMか。いや、なつかしいな。あいかわらずのオールドスタイルだね。しかし、型式はずいぶん変わったな」


「ええ。よかった。ダストシュートにとびこむ、あなたがたを見て、急いで追ってきたのですよ」


 オニキスとエメラルドは仲よくシェイクハンドしている。


 ジェイドはようやく自分の思い違いに気づいた。


(そうか。おれがエヴァンのベースキャンプで見た次のボディー、ブロンドだったっけ。それで、エヴァンだと早とちりしたんだ)


 でも、よく見れば、エヴァンでないことはすぐにわかった。同じEタイプでも型式が異なると、こんなにふんいきが変わるものなのか。


 それは、エヴァンとEDのときにも感じたが、エメラルドは前の二人とも、また違う。

 エヴァンより、もっと仕草がやわらかく、中性的な感じすらする。たぶん、Mのチップが入っているせいだろう。おとなしくてひかえめな、女らしい女だったマーブルを思いだした。


 オニキスとエメラルドは会話を続けている。


「しかし、あんた、今ごろ、ここで何してるんだね?」

「そういうオニキス、あなたは?」

「僕らはいろいろ事情があって、ちょっとマーズまで」


「じゃあ、行きさきは同じですね。私もマーズへ行くところですよ」

「ふうん。何しに?」

「ご存じでしょう? 私はEオリジナルを探しているのです。近ごろ、Eがマーズへむかったらしいという情報を入手しましたので」


「ああ、そうか。やっぱり、あんた、まだEオリジナルを探してるのか。EDの言ってたとおりだな。そうそう。あんたには知らせておかなけりゃならんね。あんたは兄弟だ。EDが死んだよ」


 エメラルドは沈痛なおももちになった。


「そうですか。EDが……どおりで、この前から連絡をとろうとしても、通話が通じない。おかしいとは思っていました。ですが、なげくのはあとにしなければなりませんね。急いでここを離れないと、サポーターが再起動します」


 もっともな言いぶんだったので、ジェイドたちは急いでハッチをぬけて、奥の廊下へ入った。


 そこからさきはラクだった。

 工場は広く、けっこう複雑だった。あちこちから、サポーターが現れて行く手をふさぐ。

 が、そのたびに、エメラルドが力を貸してくれた。


 エメラルドの見ためはオーソドックスだが、やはり機能は最新式だ。

 背中に収納式の翼がある。

 翼竜の羽を模して作られた翼は、ひろげると五メートル以上あり、音波や電波を増幅させるスピーカーになっている。もちろん、この翼で飛ぶこともできる。きっと、ほかにも、いろいろ機能をそろえているのだろう。


 爪を青く光らせて、指さきから発するレーザー光線は、EDのスタンガンと同様の役割を果たす。機械も生物も失神させることができた。


 ジェイドは素直に感心した。


「やっぱり、Eタイプはスゴイな。戦いかたが華麗だよ。な? エンジェル?」


 エンジェルは喜ぶかと思いきや、意外にも不機嫌だ。


「そう? わたしはEDのほうが好き。だって、あの人、目が冷たい」


(そうかなぁ。EDのほうが、はるかに、いけすかんヤツだったけどなぁ)


 しかし、ジェイドはちょっと安心した。


「Eなら、なんでも好きってわけじゃないんだ」


 エメラルドを先頭に、ジェイドたちは走っていった。

 ジェイドはエンジェルをかかえていたが、ほんとのことをいえば、エメラルドについていくのが、やっとだ。さっき、サポーター相手に電力を使いすぎてしまった。体内蓄電量は残り十パーセントにまで落ちている。どこかで、ひと休みして電力を回復させたい。


「ジェイド、つらいんでしょ? わたし、走ろうか?」


 エンジェルに気をつかわれてしまう。


「いや、いいよ。まだいける」

「ウソばっかり。ジェイドはすぐ顔に出るんだから」


 ははは——と、ジェイドはかわいた声で笑った。

 自分がなさけない。


「悪かったね。おれって何やっても中途半端で。EDみたいにカッコよくなくってさ。こんなことなら、もっと自分をカスタマイズしとくんだったなぁ」


 すると、エンジェルは優しい笑顔になった。ジェイドには初めて見せるような笑みだ。


「わたし、いつも、いっしょうけんめいなジェイド、好きよ」


 ちゅっと、くちびるがジェイドの頰にふれる。


(ああ、ほんとだ。エンジェルのくちびるは、すごく、やわらかい……)


 これが生きてるってことなんだな。

 血のかよう人間の証しなんだ。

 ほっぺただから、ちょっとエドよりランクが落ちる気はするけど、まあいいや。


 この世にも可愛らしい生き物を生かしてやるためなら、どんなことをしたっていい。


 なぜか、とうとつに、娘がいたらこんな感じだったのかなと、ジェイドは思った。自分とアンバーが、ほんとの人間で、娘がいたら……。


 あの琥珀色の夢のなかで見た何かが、そう告げているような気がした。

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