六章 アンバーカラー 2—3


 時刻は昼すぎだ。


 エンジェルが昼ごはんを食べているあいだに、ジェイドはかるい布製のリュックに、エンジェルのオヤツと水筒を入れた。

 二、三時間ですめばいいが、なかをしらべるのに、どれくらい時間がかかるのかわからない。

 エンジェルには非常食が必要だ。


「あと真空パックと水筒も、もう一個入れとこうか。まあ、なかで夕食ってことはないと思うけどね。念のため」


「エアボートでなかへ入るわけにはいかんかね」と、オニキス。


「ダストシュートはエアボートで入れるほど、幅が広くないよ。ボートは車庫にあずけとこう。エンジェル。君のその花もリュックに入れときなよ」

「ダメっ。これは、お日さまにあててあげなきゃいけないの」


 胸元を押さえて、エンジェルはアッカンベをよこしてきた。そういう顔も可愛いので、つい甘やかしてしまう。


「しょうがないなぁ。リュックは君が背負うんだよ。万一、おれたちと、はぐれたら、これを食いつないで、どっかに隠れて待ってるんだ。おれたちはレーダーで君の居場所がわかるから、君が探しまわるより早く見つけられるからね。そんなことにはならないと思うけど、もしもってときのために」

「わかった」


 エアボートをあずけて、ジェイドたち三人は廃棄工場にむかった。


 センター地区は外から見ると、正方形の一つの建物に見える。

 その中心から、上空五万メートルのところにあるマーズにまで伸びていく、銀色のパイプがある。遠くからは一本のパイプのように見えるが、ズームで見ると、二本がよりそいあっているのだとわかる。


 材質はEDが髪に使っていた、特殊グラスファイバーだ。

 強化ガラスと同じ原材料で、ひじょうに細く作ったガラス繊維を、何千本もよりあわせた糸みたいなものである。繊維のしなやかさと、強化ガラスの強靭きょうじんさをあわせもっている。


 そのグラスファイバーの糸を、さらに何万本もたばねたロープが、エレベーターに使われている。

 ロープが二本ということは、おそらく、輪にしたロープの上下両端に昇降用の乗り物が固定されている。ロープの上下運動にあわせて、昇降するようになっているのだろう。


 ジェイドたちは目標のエレベーターを遠くにながめて、正面入口からセンター地区へ入った。

 受付で廃棄許可を得て、ロビーのすぐよこから廊下を左にまがる。ロビーには配給を受けとりにきた住民が大勢いたが、左手の廊下に入ったとたん、人影がなくなる。


「廃棄工場って言っても、使える部品は、みんな、リサイクルショップに売るからさ。めったに人は来ないよ」


 そのリサイクルショップから買ってきたガラクタをすてるふりをして、ダストシュートの前に立つ。

 廃棄口は投入ボタンを押すとひらいた。


「ほら、下、ベルトコンベアーだろ?」

「なるほど。下まで二メートルほどか。ま、僕らには問題ないが、バイオボディのエンジェルにはムリなんじゃないか?」

「おれがダッコしてやるから平気だよ。な? エンジェル」

「うん。しょうがないもんね」


 エンジェルの言葉にちょっと落胆する。が、気をとりなおして、ジェイドはエンジェルをかかえた。四角く口をあけたダストシュートにとびこむ。

 オニキスが続いて、とびおりてくる。

 三人はベルトコンベアーに乗って、のろのろと、どこかへ運ばれていく。


「鈍行だなぁ」


 周囲は最初、暗かった。が、ゴムの幕みたいなものをぬけると、光があふれていた。

 急に百メートル四方ほどの広い空間に出た。見まわすと、いくつもベルトコンベアーが並列している。


「空きカンやビンだ。シティのゴミ箱のなかみだよ」


 ジェイドがとなりのベルトコンベアーを指さすと、オニキスが言った。


「地下を通って、ここにつながっているんだな。ここで材料別に分別され、解体できるものは解体し、溶かして原材料にもどすんだ」


 ベルトコンベアーの上部には大小のアームがあり、スキャナー台を通過したものを、種類ごとにとりわけている。


 廃品といっしょに、ほんとに溶かされてはたまらない。ジェイドたちはスキャナー台に到達する前に、ベルトコンベアーからおりた。

 ベルトコンベアーのあいだは、人間一人が通れる幅になっている。


「ここ、サポーターが通るための幅なんだろうな。機械が故障したら、サポーターが直すんだろうし。てことは、やっぱり、おれたちが奥へ入っていけるルートもあるはずだ。それを探して——」


 ジェイドが言いかけたときだ。

 探す手間がはぶけた。

 遠くの壁が一部ひらいて、そこからサポーターの一団が現れた。まっすぐ、ジェイドたちのほうへやってくる。


「なんなんだ? あいつら」


 おどろいて目をみはっていると、いきなり、サポーターたちはこっちにむかって、特殊グラスファイバー製の捕獲ネット弾を発射してきた。


 ジェイドは頭の上で爆発するネット弾をよけて、床をころがった。ジェイドの立っていたところで、獲物をつかみそこねたネット弾がからまりあう。


 サポーターは警告を発してきた。


「ケイコクします。廃品はおとなしく、ベルトコンベアーに、もどりなさい。抵抗する場合、強制的に解体します。くりかえします。廃品はベルトコンベアーにもどりなさい」


 そして、さらに二、三発、ネット弾をとばしてくる。


 ジェイドはエンジェルをかかえて、ベルトコンベアーにとびのった。警告にしたがったわけではない。ベルトコンベアーからベルトコンベアーへとびうつり、サポーターをさけたのだ。


「オニキス! ちゃんとついてきてくれよ。やつら、おれたちを廃品だと勘違いしてる」

「そりゃまあ、ダストシュートから入ってきたからなぁ」

「しっかし、なんで廃品が走りまわると思うんだ?」

「ほら、いらなくなった自家製サポーター、すてるじゃないか。たまに暴れるんじゃないかな」


 なるほど。サポーターだって、自己防衛プログラムがある。廃棄処分はイヤなのだろう。


「なんか、切なくなったよ。物は大事にしてやらなけりゃな」


 とはいえ、こっちは処分されるために侵入したわけじゃない。絶対にこの場を逃げださなければならない。

 捕まれば、バラバラに分解されて、熔鉱炉になげこまれてしまう。エンジェルなんて、生きたまま火焙あぶりだ。

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