六章 アンバーカラー 2—2


 入り組んだ街なかをさんざん歩きまわったあげく、七軒めで、ようやく知りあいをつかまえた。


 ジェイドの友人は、もにPやTの渡り屋だ。みんな、からぶりだった。

 しかたなく、アンバーやエヴァンの友人をあたり、エヴァンの古い友人のNEDが、ベースキャンプを使うことを許可してくれたのだ。


 ジェイドとネッドはエヴァンを通しての、ちょっとした知りあいていどだ。快くという感じではなかったが、改造手術をさせてくれたのだから、感謝に値する。

 たとえ、承知してくれた理由が、ジェイドたちが哀れだからというより、可愛いエンジェルを少しのあいだ近くで見ていたかったせいに違いないとしてもだ。


 おかげで、オニキスの改造手術は、三十分ほどで完了した。


「どうだ? オニキス」


 問いかけると、全停止解除したオニキスがウィンクをよこしてきた。


「いけるよ」


 よし、やった!


 ひさびさに心が弾むのを、ジェイドは感じていた。


 ロボットにも死後の世界があるのだとしたら、きっと、そこからエヴァンが見守ってくれているのだ。

 これは、エヴァンの、行って真実を見きわめてきてくれというサインに違いない。


 ジェイドたちは、急いでネッドに別れを告げ、公園にもどった。

 公園はエレベーターのあるセンター地区が一望にできるから、相談するのに都合がいい。

 ベンチに腰かけて、ジェイドはそこから見えるセンター地区の正面入口を示した。


「見たとおり、エレベーターはセンター地区の中心だ。エレベーターを使用するには、まず、センター地区の建物のなかを通らないといけない。そもそも、センター地区は、シティの電力を作る動力ルームや、マザーコンピュータールーム、パーツ製造工場、廃棄工場、シティポリスなんかがある。

 ふつうの住民は立ち入り禁止だ。ただし、製造工場の配給所と、廃棄工場のダストシュートまでは行ける。配給所とダストシュートは、正面入口を入って、ロビーから左右にわかれていくと、すぐに行きつく。ま、こんなことは、オニキスも知ってるだろうけどね」


「うむ。ここの配給品は、人格チップのコピーだ。分身や配合をするには、絶対に必要なメインのパーツだからね。誰でも一度はお世話になってるだろう。だが、僕は廃棄工場には行ったことがないな」


 廃棄工場は各都市にある。その都市の住民でなければ、行く場所ではない。


 すかさず、ジェイドは続ける。


「そこさ! センター地区には裏口もあるけど、そっちはシティポリスや鉱石採掘隊とかのサポーターしか出入りできないんだ。往来のまんなかでハッキングもできないし。侵入するなら、正面入口から廃棄工場へむかうのが簡単なルートだと思う。廃棄工場なんて、住民でもめったに行く場所じゃないからな。人目につかない」


「そこからさきはどうするんだ? 廃棄工場なんて、ダストシュートがあるだけで……む」


 イヤな予感がしたようで、オニキスは「む、むむ」と、口のなかで、くりかえしている。

「むむむ。ジェイド、まさか……」


 にやりと、ジェイドは笑ってみせる。


「ダストシュートにとびこんじまおう!」

「わあッ。なんてこと言うんだ! 熔鉱炉に落ちて溶かされてしまうぞ。ジェイド、君は正気じゃない。ああ、僕は声を大にして言う。君は正気じゃない。ジェイド」


 オニキスの芝居がかった口調に、ぷぷっと、エンジェルがふきだした。ジェイドも笑う。


「平気さ。おれ、前にダストシュートのなか、のぞいてみたことあるけど、下はベルトコンベアーになってる。入ったからって、すぐ溶かされるわけじゃないんだ」

「なんだ。そうか」


 見るからに安堵したあと、てれかくしのように、オニキスは大きな声で笑った。


「なんだ。なんだ。初めからそう言ってくれたまえよ。ビックリするじゃないか」


「いい手だろ? そこからさきがどうなってるのかは、おれも知らない。けど、入ってしまえば、どうにかなるさ。奥へむかっていけば、そのうちエレベーターにつく」


 ずさんな計画ではあったが、ほかに方法がない。いちおう、オニキスも合意してくれた。


「そうするしかないだろうなぁ。まあ、今度は宇宙船のなかみたいな危険はないだろうしな。うん。ないだろうと期待する」

「セキュリティシステムくらいはあるだろうな。やっぱり、エンジェルは留守番かなぁ」


 つぶやくと、エンジェルはふくれっつらで、ジェイドの胸をポカポカ叩いてきた。前もそうだったが、ぜんぜん痛くない。そもそも、ジェイドの胸には痛点が作ってない。


「やめなよ。エンジェル。君の手が痛いだけだろ」

「いやっ。絶対、行く! わたしも行くんだから!」

「なんでだよ。危ないって」

「そう言って、ジェイドたちも帰ってこなかったら……わたし、どうすればいいの?」


 うるんだ瞳で見つめられて、ジェイドは言葉につまった。


 少女の涙はオイルではない。

 だから透明にすんで、どこまでもけがれなく、神聖なものに思える。


「……わかったよ。君を一人で残していくのも心配だしね。どっかのホテルで待ってるとしても、Uが追ってこないともかぎらないし」


 置いていくのも心配、つれていくのも心配。ならば、まだしも、そばについているほうがいい。


「よし。じゃあ、廃棄工場だ」

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