六章 アンバーカラー 2—1

 2



「ジェイド。しっかりして。うなされてる」


 エンジェルにゆり起こされて、ジェイドは節電モードを解除した。


 また、あの夢を見たのだ。

 オレンジシティーが近づくにつれ、夢は頻繁ひんぱんになる。


 しかも、めざめたあとも、夢の内容が記憶のなかに残るようになった。くもりガラスのむこうに映る影のように、ぼんやりとではあるが。

 ガラスのくもりは、日ごとに薄くなる。

 夢の記憶が、少しずつ、あざやかになっていく。


「ねえ、ジェイド。大丈夫なの?」

「ああ、うん。心配かけて、ごめん」


 不安ではあったが、それ以外、旅に障害はなかった。

 EDの残してくれた栽培ケースや貯水機、エアボートのおかげで、エンジェルをつれていくのも問題はない。

 ジェイドたち三人は、二週間ほどでオレンジシティーに到着した。ジェイドにとっては二百年ぶりの帰還だ。


「変わらないな。この街の風景」


 ドームのなかに高層ビルが建ちならぶ街なみ。


 ファーストシティーに似ているのは、この街がファーストシティーに次ぎ、二番めに造られた都市だからだ。


 違うのは、都市の中心から糸のように細長い塔が、まっすぐ天空に伸びていることだ。そのさきには、都市の真上を公転する人工衛星マーズがある。


 オレンジシティーはその名のとおり、マーズからの光でオレンジ色に染めあげられている。


 マーズはオレンジシティーと同時に建設され、各都市間の通信に利用されている。ロボットの手により、ゆいいつ宇宙にむけて造られた建造物だ。


 沈みがちなジェイドをはげますつもりか、オニキスがわざとらしく弾んだ口調で言った。


「さて、ついたはいいが、どうやって、あの衛星へ行こう? 僕の知識が正しければだね。あの塔が星間エレベーターだろう? ジェイド」


 ジェイドはつとめて明るく見えるよう微笑む。


「あの衛星には誰も入れないよ。一般人は立ち入り禁止なんだ。エレベーターをふくむセンター地区のなかは、マザーコンピューターに管理されてる。どこの入り口もパスワード保護されてるよ」


「だが、エレベーターってのは、そもそも、誰かが使うために造られてるんだ。そうじゃないかね? たぶん、使用許可された者だけが、コンピューターに登録されてるんだろうな。ドクたちはあそこへ行くと話してたことを忘れちゃいけない」


「そうだよな。でも、となると、パスワードがなぁ」


 こんなとき、EDがいてくれたらと思うが、それはエンジェルの手前、口には出さない。


 エンジェルは二週間たった今でも、胸元にさしこんだミニフラワーのケースをのぞき、涙をうかべる。


 EDの遺した花の種は、彼の言葉どおり、毎日違う花を咲かせる。一輪ずつが十日は咲いているので、今ではミニチュアサイズのブーケみたいに見える。


 エンジェルは最初に咲いた白百合が好きだ。

 きっと、EDを思わせるからだろう。


「悩むのはあとだ。とにかく今日はもう休もう。おれたちには調整が、エンジェルには睡眠が必要だ」


 その夜は、ジェイドとオニキスが交代で調整しながら、エンジェルを眠らせた。


 だが、翌日になったからといって、名案が浮かぶわけではない。

 星間エレベーターの見える公園のすみで、オレンジ色に染まって、竜の血のスープみたいに見える朝食をとるエンジェルをながめる。


 退屈しのぎに、ジェイドはボディースーツに手をつっこんだ。熱して溶けた両手の人工皮膚は樹脂でふさいで応急処置してある。

 その手に、コツンとふれるものがあった。二重になったポケットの内がわだ。さぐってみたジェイドは、思わず「あッ」と大声をあげた。


「やん。また、ジェイドったら。スープがはねちゃった。服、しみになっちゃう」


 エンジェルは人工芝をむしって、いっしょうけんめい、シミをぬぐう。悪いことをしたが、しかし、これはしかたない。


「ごめん。だけど、これ」


 ジェイドはドキドキしながら、それをポケットから出してみた。防水ケースに入れた三枚のLSIだ。

 やっぱり、まちがいない。エヴァンのチップだ。


「思いだした。マーブルに渡そうと思って、とっといたやつだ。つっかえされたけど、すてられなかったんだ」


 あらためて、チップを見直す。

 数ミリのLSIの表面に文字が刻んである。ズームで見ると、Eの九千番代のナンバーだ。設計図を見た今なら、その番号が何を意味するのかわかる。


「やった! これ、人格プログラムのなかでも、機械工学の専門知識だ。なあ、これにハッキング機能、入ってないかな?」


 とたんに、オニキスも興奮する。


「いいね。じつにいい! ハッキング機能そのものはなくても、このなかの知識で、その機器を造ることはできるかもしれない。どっかで配合改造できればなぁ」


 配合分身は、パートナーと基本人格チップを組みあわせて、まったく新しい分身を造ること。

 配合改造は、今のAIに専門知識のチップを足して、カスタマイズすることだ。ジェイドも二度、配合改造でチップを足している。


「配合かぁ。おれは配合権がなくなったからダメだけど、誰かが配合するのを補助するパートナー権は残ってるよ。このチップ、あんたにひっつけちまおうぜ、オニキス」


「かねがね、Eのチップが欲しいとは思ってたから、それはかまわんがね。でも、どこで改造手術するんだ? もう一度、ファーストシティーまで帰ったんじゃ、往復で一ヶ月もかかるぞ」


「大丈夫。オレンジシティーは以前、住んでた街なんだ。渡り屋が多いから、留守かもだけど、誰か一人くらいいるだろう。友人をかたっぱしからたずねて、ベースキャンプを貸してもらおう」


 というわけで、そのあと数時間、ジェイドたちはオレンジシティーのなかを歩きまわった。


 オレンジシティーは古い都市だが、昼も夜もマーズの赤い光に包まれている。光起電力で動くロボットには大人気の街だ。

 高層ビルのあいだに店が建ち、屋台や出店がゴミゴミならんでいる。ファーストシティーよりも活気があった。


 ここでなら昼夜を問わず発電できる。後年のエヴァンのためには、この街へつれ帰ってやったほうがよかったのだ。


 だが、あのころは、ジェイドにオレンジシティーへ帰る勇気がなかった。今となっては、それが悔やまれた。

 この街でなら、エヴァンもオイルをあさったりしないで、平穏に余生を送ることができたであろうに。


(すまない。エヴァン。おれ、だらしなかったよ。君を殺したやつの手がかりが見つかりそうなんだ。おれ、がんばるからさ。力を貸してくれ)

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