六章 アンバーカラー 1—2
ジェイドはエンジェルとともに、オニキスのあとについていった。
ベースキャンプのコンピューターの前で、オニキスは設計図のファイルをひらいた。
「なんか、また見つけたのか?」
「うむ。妙なことがあると言ったろう? じつは、この設計図なんだが、欠落したデータがある」
「欠落?」
「Uのデータだけが存在していないんだ」
「え? U?」
Uと聞いて、なぜ自分がおどろいたのか、最初はわからなかった。つい最近、それについて考えたことがあったような気がする。
ジェイドは一時記憶ファイルを検索した。
「そうか。わかった。Uだよ。おれ、ひっかかってたんだ。宇宙船のなかでさ。あんたたちは気づいたかどうか知らないけど、オリジナルボディーはAからZまでの二十六体。なのに、最後に生き残ったオリジナルヒューマンは——」
すると、オニキスがあとをとる。
「そう。オリジナルヒューマンは二十五人なんだ。Uにあたる人物はいない。もちろん、気づいていたさ。アンジェリク。バーバラ。キャサリン。ダニエル。エドガー。フランク。ギルバート……」
オニキスは乗組員リストの最後の生存者たちの型式をあげていく。そのとき、エンジェルが変なことを言いだした。
「それ、知ってる。ハリス、イザベラ、ジュンイチ、ケイト、ルイス、マーガレット、ニコラス、オスカー、パメラ、クアトロ、ラルフ、ソフィア、トーマス、アンノウン、ヴィクトリア、ウィリアム——」
「ちょっと待った!」
思わず、大声で呼びとめて、エンジェルがこわばる。叱られたと思ったらしい。
「あ、ごめん。ごめん。怒ったんじゃないよ。さっきのとこ、もう一回、言ってみて」
「さっきって?」
「Uのとこだよ。アルファベットのU」
「アルファベット? これは二十六体のオリジナルのコードネームよ。ダンが言ってた。Dタイプはコードネームがダニエルだから、ニックネームはダンなんだって」
コードネーム——つまり、秘密の型式。暗号名ということだ。なんのために使われた型式だろうか?
「わたしの型式がエンジェルなのも、Aのコードネームから、とったんだって、ダンが」と、エンジェルは言った。
たしかに、アンジェリクのつづりのなかには、エンジェルがかくれている。
「ドクがそんなことを。やっぱり、ドクはこの設計図のことも知ってたんだ」
思考がそれそうになるが、ジェイドは感情数値をひきしめた。
「それで、エンジェル。ドクはUタイプのコードネームは、なんだって言ってた?」
「アンノウンよ」
「アンノウン?」
エンジェルはジェイドの手のひらに、つづりを書いた。
UNKNOWN——
ジェイドは悩んだ。
「こういうつづり、古いデータで見たことあるな」
すると、よこから、オニキスが口を出す。
さすがに考古学者だ。そういうことには、ジェイドより詳しい。
「名無しって意味だよ。あるいは未知のものをさす古い言葉だ。我々には型式のない者なんていないから、使われなくなって久しいね」
名無し——それが示すものは大きい。
「じゃあ、Uタイプだけは、オリジナルヒューマンのモデルがいないってことか? もしかして」
「もしかしなくても、そうなんだろう。そういえば前にEDも言ってたなぁ。自分たちが造られたときには、もうUオリジナルはいなかったと。いや、それどころか、ほかのオリジナルからも、Uの思い出話を聞いたことがないと」
とつぜん、ジェイドはその事実に気づいた。
「おれ……Uタイプって、一人も会ったことない」
こわばった顔つきで、オニキスも応える。
「僕もだ」
急にオイルがもれたように、背筋に寒気を感じた。
自分たちのなかに、その存在を誰にも知られていない、名無しがまぎれこんでいる……。
「……いったい、どんなヤツなんだ?」
「どんなって言ってもね。設計図さえ残ってない」
設計図もない。型式もない。
一体だけ、隔離されたように存在さえ知られていない。
仲間はずれのU……。
ジェイドは考えた。
「あのさぁ。おれたちってさ。他人を破壊できないようプログラムされてるよな? UをのぞくAからZまでの二十五体って、ものすごく緻密ではあるけど、根本的には同じ造りだ。基本人格と、共通プログラムと、一時記憶。でも、Uだけは、おれたちとは違うってこともあるわけだ。おれたちとは、まったく違う造りのAIを持ってるのかも?」
興奮したようすで、オニキスが何度もうなずく。あんまり首をふりすぎて、ネジがゆるむんじゃないかと心配になるほど。
「僕らの探してる犯人は、ことによると、コイツかもしれないぞ」
そうだ。ドクに水責めにあわされて、ドクが犯人じゃないかと疑った。が、そうじゃなかった。
ドクが犯人なら、自分たちはロボットだと聞かされて、ジェイドたち三人がフリーズしてるすきに殺してしまうことができた。ジェイドも、パールも、EDも。
EDを破壊するのは難しいかもしれないが、拘束はできた。電磁檻のようなものでも使えば。
それをしなかったのは、純粋にジェイドたちを逃がすためだったのかもしれない。犯人の魔の手がせまっていたから。
ジェイドやEDがあのていどで死なないことも、エンジェルのことはEDが守るだろうことも、計算した上で。じっさい、三人とも、ぶじに外へ出られたのだ。
(ごめん。ドク。おれ、ものすごい勘違いしてたよ)
自責の念にとらわれて、ジェイドは歯をくいしばった。
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