六章 アンバーカラー

六章 アンバーカラー 1—1

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 閉館を知らせるアナウンスがあった。

 ジェイドは泣いているエンジェルの肩に、そっと手をかけた。


「さあ、帰ろう。ここへはまた、いつでも来られる」


 EDの液晶ディスプレイも止まった。

 エンジェルはジェイドに手をひかれて、おとなしくついてくる。

 博物館の正門まで来て、ジェイドは気づいた。


「サファイアは? はぐれたの?」


 エンジェルは言われてやっと、サファイアのことを思いだしたようだ。


「わかんない。ずっと、そばにいるんだと思ってた」


 エンジェルがEDのボディの前から動かないので、さきに順路をまわっていったのかもしれない。

 しかし、それなら、もう閉館まぎわだ。そろそろ出てきてもいいはず。なのに、サファイアの目立つ花もようの姿は、あたりに見あたらない。


「変だなぁ。住民のサファイアが、なかで迷うとも思えないけどなぁ。しょうがない。ちょっとひとまわりしてみようか」


 サファイアが無責任にエンジェルを置いて、自宅に帰るはずもない。

 ジェイドはエンジェルをつれて、もう一度、なかへ入った。


 博物館の案内や清掃をするサポーターがよってきて、「本館はまもなく閉館いたします。またのご来館をお待ちしております」と、くりかえしながら、通せんぼしようとする。

 ジェイドはイライラして、乱暴にサポーターを押しのけた。


「わかってるよ。友達がまだ、なかにいるんだ。探しに行くだけだ」


 サポーターの目がピカピカと赤く光る。

 サポーターには感情がないはずなのに、怒ったのだろうかと、ジェイドは思った。

 が、サポーターは丁寧な口調で、こう言った。


「館内に一名のID反応を確認しました。案内いたします」


 ID反応は、個人情報を交換していれば、たがいにパルスを読みとることができる。だが、ジェイドはサファイアとは個人情報を交換していなかった。

 サポーターはマザーコンピューターと連結しているから探知できるのだろう。


 館内は次々に照明を落とされて、薄暗い。

 静かで物悲しい空間だ。

 魂のない、ぬけがらのボディがならぶ展示室は、さらに、うつろで虚しい。


「やだ。暗くて何にも見えない」と、エンジェルが文句を言う。

「そうか。君は赤外線センサーとかないんだもんな。じゃあさ、おれがダッコしてあげるよ」

「ジェイドが言うと、下心を感じるわ」


 そんなこと言いながら、ビックリするほどやわらかい体を、ぐいぐい押しつけてくる。

 エンジェルは、おびえているようだ。


「エンジェル。怖いの?」

「だって、まっくらよ」

「暗いと怖いのか。わかんないなぁ」


 あるいは、エンジェルは生身の人間の持つ動物的な本能で、これから起こることを予期していたのかもしれない。


「こちらです。お客さま。ID反応です」


 サポーターに案内され、まもなく、たどりついた廊下のすみ。

 サファイアがうずくまっていた。

 ぬくもりは、もうない。

 頭が割られ、人工知能がひきずりだされている。


「どうしたの? ジェイド」

「…………」


 ジェイドは答える余裕もない。


 なんで——? なぜなんだ?

 なんで、サファイアが殺されなけりゃならないんだ?

 だって、サファイアはドクの研究のことなんて知らない。おれたちみたいに犯人のジャマしてるわけでもない。

 おかしい。おれ、なんか、とんでもない思い違いしてたんじゃないか?


 ジェイドは、いきなり駆けだし、博物館をとびだした。


「ジェイド? どうしたの? ねえってば」


 無言のまま、オニキスのコンパートメントまで走って帰る。


「お、ジェイド。ちょうどいい。変なことがわかったぞ」と、言いかけたオニキスが、ジェイドの顔を見て口をとざした。


 しばらく、ジェイドはオニキスと、たがいの顔をうかがいあった。


「……なんか、あったのか?」と、言いだしたのは、オニキスだ。

「オニキス。落ちついて聞いてくれ。あんたにとって、すごくショックなことだ。いいか? 心の準備はできたか? じゃあ言うけど……サファイアが殺された。博物館で倒れてる」


 オニキスはおどろいて尻もちをついてしまった。だが、かろうじてフリーズはしていない。


「おれたち、なんか勘違いしてたんだ。もしかして、これまで殺された人間も、全部が口封じじゃないのかもしれない。別の理由があったのかも。じゃなきゃ、あんたやおれが狙われることはあっても、サファイアが狙われることなんてないはずだ。さっき、おれは電力不足のまま、一人でうろついてた。やろうと思えば、いつでもやれた。なのに、じっさいに殺されたのは……」


 ジェイドはなんだか疲れて、その場にすわりこんでしまった。

 今日はもう、あまりにも多くのことがありすぎて、メモリーがパンクしかけているときみたいに、何も考えられない。


 オニキスが出ていくのを見送った。

 どのくらいのあいだ、ぼんやりしていただろう。


「ジェイド。電力不足なの? 充電したら?」


 ついさっき、絶対に守るなんて言ったのに、逆にエンジェルに心配される始末だ。


「ありがとう。大丈夫だよ。オニキスについていってやればよかったな。あいつ、平気だろうか?」


 しかし、帰ってきたとき、思っていたより、オニキスはしっかりしていた。やっぱり大人なんだなと、そのとき、ジェイドは思った。


「サファイアの体は廃棄処分してもらうことにしたよ。そろそろ、スケルトンタイプは流行遅れになりそうだからね」


 と言って、ぎゅっと、くちびるの両端を強くむすぶ。オニキスのつらい胸の内を感じさせた。


「オニキス。なんと言っていいか……」


「ああ、ジェイド。なんとしても犯人を捕まえよう。僕ァね。サファイアを愛していたんだよ。そう。愛していた」


「ごめん。あんたたちまで、まきこんで。もしかしたら、サファイアも、おれたちから話を聞いているんだと思われたのかも」


「それはどうかな。たしかに、電力の充分でない君を襲わなかったのは、おかしいよ。君の言うとおり、ただの口封じというより、僕らの気づいていない理由がほかにあるのかもしれない」


「ああ……」


「それさえ、つきとめれば、きっと犯人のさきまわりできる。それでだ。さっそくだが、こっちに来てくれ」

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