五章 メモリー 4—5


 銀色の廊下に個室のハッチが続く単調なファーストシティーの建物。どこか、あの宇宙船のなかに似ている風景から街路へ出る。


 赤色の夕日がドームのむこうに沈んでいく。

 ドームの外の遠いところを、竜が歩いていく。巨体をゆらしながら、ゆっくり、ゆっくり。


 この雄大な景色を見ることもなく、閉鎖的な宇宙船のなかで死にたえたオリジナルヒューマン。

 彼らは、どんなにか、この景色を見たかったことだろう。

 今こうして、ジェイドが落日を美しいと感じるこの心は、彼らが感じるはずのものだった。彼らから受け継いだ心で、彼らのかわりにジェイドが感じている。


 なんとなく、ため息がもれる。

 ジェイドは博物館に急いだ。


 夕焼けのなか、すれちがう住人は、みんな幸せそうに見えた。


 自分たちがロボットだということも知らず、会話をはずませ、次のパーティーの約束をし、穴場のバーの情報を教えあい、自分で作ったペットロボットの自慢をしている。

 公園のベンチにならんですわり、愛をささやく。

 手をつなぎ、帰っていく。


 今まで、あたりまえだと思っていた街の風景が、今日はなんだか、宇宙をさまようオリジナルヒューマンの亡霊のように見えた。


 物悲しい気分で博物館へ入ると、人影はまばらだった。そろそろ閉館時間だ。


 内部は展示物保護のため、薄暗い。

 ファーストシティー建設時に使用された機械や工具、シティの設計図、当時の住民の生活の記録、日用品などが、整然と陳列ケースのなかにおさまっている。


 エンジェルの姿はなかった。

 ずいぶん歩いて、ボディ展示室のブロックで、やっと、その愛らしい姿を見つける。


 AIをぬきだされたあとのボディが、制作年代順にならんでいる。一番最初は、オリジナル二十六体だ。二十六体のうち数体は現物が残っていない。


 それでも、残る二十体だけでも、それ以降のどんな流行のボディよりも心を惹かれる。

 もちろん、機能的には最近のものにくらべれば劣る。だが、そういうものを超越して、なつかしいような気分になる。

 それが自分たちの本来の姿だと、自分たちの帰るべき原点だと、心のどこかで告げるものがある。


 だが、エンジェルが見つめているのは、オリジナルボディではなかった。かなり最近のもののなかでも、とくに目を惹く一体だ。

 全身の液晶モニターがまぶしく発光し、タトゥーのような幾何学もようを、たえず体のどこかに浮かびあがらせている。

 パターンがいろいろあって、花のもようや竜のもよう、と思うと、流線的な色彩の波となり、ストライプやボーダー、水玉もようになったりする。


 そっと近づいていって、エンジェルのうしろに立った。


 展示ケースの説明を読むと、ディスプレイ用のソフトを交換することで、パターンは何百種類にも変えることができる。

 森や海の風景を映写することも、AIのメモリーにある映像記憶を投影することもできる。


 たしかめるまでもなく、EDの以前のボディだった。


「ずっと、ここで見てたの? エンジェル」


 エンジェルは展示ケースの前の柵に両腕をのせたまま、ジェイドをふりかえりもせずにうなずいた。


「EDのボディが何体もあったわ。ボディを変形させて、付属の専用機と合体することで、戦車になったり、船になったりできるのとか。ケンタウロスに変形したのが、いかしてたわ」


「そうそう。はやったなぁ。変形合体。ずいぶん前だよ」


「染色した竜の皮を人工皮膚のかわりにかぶったものがあった。それはキレイだけど、少し怖い気がした」


 全身が赤と黒に染めわけたレザーで覆われた、人型の竜みたいなEDのボディを、ちらりとながめる。頭部に剣竜の装甲板に似た飾りがついている。


「ああ。あれはね。おれが生まれるより、ずっと前の流行だよ。ガーデンシティーができるまでは、人工皮膚のもとになる樹脂が手に入らなかった。初期に造られた型式は、オリジナル二十六体以外は、みんなフレームむきだしのメタルボディだった。

 だから、ドラゴンスタイルって言ってね。ボディを守るために活躍したんだ。それの前の時代は、フレームにちょくせつ、もようを描いてたらしい。ドラゴンスタイルは竜が生まれるようになってからだからね。

 ドラゴンのあと、はやったのが、ビスクドールスタイルだ。フレームのまわりを陶器で覆ったんだ。重くなるけど、キレイではあった。きっと、オリジナルボディに近づきたいっていう願望があったからだろうなぁ」


 博識なところも見せてやろうと、ジェイドはいきごんだ。

 が、エンジェルはちっとも感心してくれなかった。それどころか、華麗なホログラフィーを映すEDを見つめて、ぽろりと涙をこぼす。


「エンジェル……」

「ED、いつ帰ってくるの?」

「それは、もうちょっと……」

「ウソ。ほんとはもう帰ってこないんでしょ? エドは……死んじゃったのね?」


 涙を流す澄みきった青い瞳が、まっすぐにジェイドを見つめる。

 ジェイドはウソをつきとおすことができなかった。


「ごめん……」

「ウソつき! ウソつき!」


 泣きながら、エンジェルはジェイドの胸をこぶしでたたく。その力はあまりに弱く、その腕は、あまりにかぼそい。


「エンジェル。君はおれが守るよ。どんなことがあっても、絶対に守る」


 泣きじゃくる少女を抱きしめることしか、ジェイドにはできなかった。

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