五章 メモリー 4—4


 そのあと、ジェイドたちは無言のまま、厳粛げんしゅくな気持ちで、各タイプのAIの詳細データをしらべていた。

 それは一体ぶんのデータだけで、数万ページに及ぶ量だ。


 一体の基本人格につき、一万枚もの小分けにできるチップがあり、そのうち七千が性格を、三千が専門分野をつかさどる。


 その一万のチップの一つずつが、多くのICの集合したLSIから成っている。

 このLSIの大きさは、ほんの数ミリほどしかないが、そのなかにインプットされている情報量は膨大である。


 かんじんの基本人格のメカニズムも、この設計図を見れば、一目瞭然だ。

 性格を決める七千のチップは、感受性チップ、反応項目チップ、感情抑制数値チップのスリータイプに分類できる。

 感受性チップと反応項目チップは、対応する一対でできている。


 その働きは、こうだ。

 まず、感情パラメータに、喜び、悲しみ、怒り、恐怖、ねたみ、恨み、自信、自己顕示欲、劣等意識、優しさ、愛情、情熱、共感性、切なさ、わびしさ、独占欲、支配欲など、人間の持つであろう、あらゆる感情項目が細分化されている。


 感受性チップと反応項目チップの各一枚が、感情項目の一つずつに割りあてられている。


 感受性チップには、外部刺激に対する感性の数値が入力されており、外部刺激を受けるたびに、すべての感受性チップの受ける刺激が数値として算出される。


 反応項目チップには、対応する感受性チップが刺激を受けた数値によって、行動するパターンが何十とおりも、あらかじめ設定されている。


 この行動パターンは、それぞれのタイプで、表現されやすい頻度が、これも数値化されて設定されている。


 たとえば、自分が好意をいだく異性との結婚を、親友から打ちあけられた場合。


 悲嘆の数値化が四十パーセント、嫉妬の数値が二十パーセント、劣等意識が十パーセント、羨望が十パーセント、自己憐憫が十パーセント、二人への祝福で残りの十パーセント——


 というように、各感情の数値が感受性チップで計算され、感情パラメータ上に提示される。

 これが連携する反応項目チップから、その数値にふさわしい行動をえらびだすのである。


 じっさいには、感受性チップの働きは、もっと細密だ。刺激を受けたすべての感情チップに連動する反応項目チップから、行動パターンはえらびだされる。


 つまり、一つの刺激に対して、複数の反応項目のまざりあった行動をとることになる。


 同じ笑うのでも、恥ずかしそうに笑う、ヒステリックに高笑いする、見くだすように笑うなど、そのつど違う笑いかたをする。


 友人の結婚に対する例で言えば、Aタイプなら、憤然として友人の頰に平手打ちをくらわし、それから涙を流してゆるしをこい、最後に微笑して二人を祝福するだろう。


 Mタイプなら、初め、ぼうぜんと立ちつくし、次に苦しげに笑って祝いを述べ、急いでその場を逃げだすだろう。一人になって、泣くために。


 要するに、ジェイドたちの行動は、外部から受ける刺激への条件反射みたいなものである。


 だが、ここまで徹底的に緻密にデータが造りあげられていると、白紙から学習していくAIを造るより、はるかに多大な労力と時間が必要だったろう。


 まさに、これは天才の仕事だ。

 それも、天才の一世一代の仕事だ。


「見れば見るほど、スゴイな。執念を感じるよ。愛情を通りこして、呪いをかけられてるみたいな気がする」


「これがまた、二十六体ぶん、全部のチップの数値が違うんだからね。同じ刺激への反応でも、タイプごとに出やすいパターンがあり、それが仕草の上でのクセになる。呪い、執念——まったく、そのとおりだ」


 ジェイドは考えこんだ。


「これを、エヴァンやドクも見たんだろうか? エヴァンはおれたちのAIから、AI改造を禁止する命令をとりのぞく手段を探していた。あの船に出入りしていたのは、このファイルを見つけるためだ。何回ぐらい、あの船に行ったのかわからないけど、そうとう昔から研究してたしな。たぶん、見つけてると思うよ。

 それで、ドクにこれを見せたことによって、ドクの研究がバイオボディ作成から、オリジナルヒューマンの復活に変わったんだとしたら、このファイルのなかに、それっぽいことが書かれてるんだよな」


 オニキスは首をひねった。


「そいつは、どうかな。ドクに関しては、クリーチャーの死体を見たからじゃないのか? このファイルはDタイプより、Eタイプの好きな内容だ」


「まあ、そうだよな。たしかに、ドクよりエヴァンの研究対象だ。にしても、このファイルの全部を調べるのか? おれって右AIの三分の一が戦闘プログラムだから、忍耐力ないのな」


 ジェイドがぼやくと、オニキスは笑った。


「そういう地味な作業は僕に任せなさい。データを分析して情報収集するのは、僕の専門分野だ。君、疲れたんなら調整してていいよ。ここは僕が見ておくから。何か発見したら、起こしてやるよ」


「そうだな。宇宙船であばれたから、蓄電量も減ってるし。ちょっと充電はしときたいな」

「十分ほど充電するだけでも、気分は変わるさ」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」


 休憩をとる前に、ジェイドは体内時計をながめた。ベースキャンプに入ってから、かなりの時間がたってることに、初めて気づいた。


「もう夕方じゃないか。エンジェル、そろそろ腹がすくころだぞ。まだ帰ってないのか?」

「なるほど。こんな時間か。ちょっと遅いじゃないか。うん、遅いぞ。ジェイド、ついでに迎えにいってやんなさい」


 オニキスの言うとおりだ。

 バッテリーも気になったが、ぜんぜん動けなくなるというほどではない。外に出て、夕暮れの強い赤外線をあびれば回復するだろう。

 ジェイドは充電はあとまわしにして、エンジェルを迎えにいくことにした。

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