五章 メモリー 4—3
「ただ、サポーターと異なるのは、我々のここには——」と、オニキスは、今度は自分の頭をコツコツたたく。
「経験を記憶しておくメモリーがある。一時記憶ファイルから、重要ファイルとして選択されたものだけが、長期保存される。選択の判断は、人格プログラムと連動している。そこにも、じゃっかん、タイプごとの嗜好性が出てくる。ふつうは感情パラメータが強く反応したファイルを優先的に残す仕組みになっている。
長期記憶ファイルは、バックアップ処理しないかぎり、消えることはない。だが、記憶容量をオーバーすると、新しい記憶が入らなくなる。古いファイルを外に出すことで、新しいファイルが追加されるわけだ。外に出してしまったファイルの内容は、AI内部から消えるから、忘れてしまう。
ただし、バックアップしたメモリーさえあれば、いつでも呼びだせる。バックアップするときにも、全処理か、一部処理か、項目選択処理か、選ぶことができる。忘れたくないことはおぼえておける。
これが左AIの働きだ。たぶん、エンジェルの左脳も同じような働きをしてるんじゃないかな。そんなこだわりを、この図面には感じるよ」
「そうだな」
バイオボディの脳の働きは、ジェイドにはわからない。が、オニキスの言うとおり、きっと、そうなのだろうと思う。
オニキスは次に、設計図の右部分をコツコツたたいた。
「さて、我々にとって、もっとも重要なのは右半分のAIだ。この図面のなかで、一番おもしろいのもここだよ。ちなみに右と左はブリッジでつながっているがね。そこも、エンジェルの脳と似ているね。
我々の各タイプ固有の個性を形作っているのは、この右半分だ。いわゆる人格プログラムと僕らが呼んでいるところだ。感情抑制装置なんかも、ここにあって、タイプによって微妙に数値が異なる。それによって行動パターンに相違が生まれる。うまい造りだよ。
この人格プログラムは、内部でさらに二つにわかれている。一方に専門知識と、専門分野に適した処理システムなどがつまっている。
この専門分野には、新たに得た知識を記憶していく学習能力があり、このためのメモリーを足すことだけは、我々にもできるようにプログラムされている。だから、何千万年たっても、専門分野の優位性だけは、他のタイプと逆転しないんだ。ひじょうによくできた、精密な設計だろう?」
それが優れた設計であることは、Eのチップを持つジェイドには、ひとめでわかった。むしろ、Eのチップを持たないオニキスより、深く理解できた。
この設計のすごいところは、人格を形成する人格プログラムのセクションを、こまかく何千にもわけて、組みかえることができることだ。
AからZ、各タイプのチップは、すべて同一の働きをする部分が同じ形状をしていて、対応のかしょであれば、一部を交換しても、AI全体の働きには、なんの問題もない。
感情抑制数値や嗜好性が、ほんの少し変化するだけだ。
早い話がジグソーパズルだ。同じカットのジグソーパズルに違う絵がプリントされている。形は同じだから、ピースを交換することはできる。
無限の互換性を持つAIなのだ。
(生き物みたいだ。機械なのに、生物がたがいの遺伝子を交配させて、少しずつ違うものへと変化していくように。おれたちはロボットなのに、生き物みたいに見える)
この旅のあいだ、何度も驚愕の事実に出会って、そのたびに考えてきた。
おれたちは、なんのために造られたのかと。
人間を守るために?
それは違っていた。オリジナルヒューマンはすでに滅んでいる。
では、滅ぶべき彼らの面影を残すために?
それは少し近いかもしれない。
ジェイドは、鬼気迫るほど精密に計算されつくした設計図をながめることで、おぼろだが、これを設計した人物の意図を感じとったように思う。
さっき、オニキスも、エンジェルとの相似を指摘して、そこにこだわりを感じたと言った。
設計者は、滅びの種である自分たちの子孫を、機械の体で造ったのだ。
自分たちの姿を写し、生物のように配合して増殖する子どもたちを。
死すべき自分たちの命を、機械の子どもたちに託したのだ。
彼らという種が存在した証を、この世に遺すために——そんな気がする。
我々はこのAIを書きかえないかぎり、永遠に変わることのない苦しみをいだき続けなければならない。神はまちがっている。
そうEDは言った。
その意見には賛成だが、この設計図を見てしまうと、それに対する正否など、ふっとんでしまう迫力があった。
私は、僕は、おれは、あたしは——生きたい。
どんなことをしても生きたいんだ。
そんな叫び声が、耳元でガンガン、こだまするような気さえする。
「おれたちの基本人格って、モデルになったオリジナルヒューマンに似せてあるのかな? 姿だけでなく、心も。おれがAを好きなのは、オリジナルヒューマンのJが、Aを好きだったからなのかな?」
ジェイドの感慨は、オニキスにも伝わっていた。
「おそらく、そうだろう。考えてみれば、僕らは自分たちのことを人間だと思いこんでいた。そんなふうに、神が我々の祖先に教えたのかもしれないな。おまえたちは、おれさまの造った新しい人類なんだぞと。オリジナル二十六体たちは神にも会ってるはずだから、きっと」
「種族が滅びるって、それほど無念なことなんだな」
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