五章 メモリー 3—3
「ダメなのか?」
「今から解析するが、ハッカー対策のトラップが仕掛けられている。トラップを外すのに時間が必要だ」
そのあいだにも、EDは自分のケーブルをパスワード入力装置につないで解析を始めている。
「どれくらいかかる?」
「八分……いや、七分で解いてみせる」
爆発まで、あと九分だ。
七分でドアがあいたとしても、残り二分。
時限爆弾を停止させることができるだろうか?
爆弾は、ほんの小さな粉塵爆弾のようだ。
だが、爆弾内部に圧縮されたチリが、爆発の瞬間、いっきに熔鉱炉内に飛散する。超高温の炉内の熱で、熔鉱炉じたいが誘爆を起こす。
その衝撃は熔鉱炉のハイメタルの壁面さえ破壊し、老朽化した宇宙船を完全に崩壊させるだろう。
もちろん、なかにいるジェイドたちは助からない。
EDがパスワードを解くあいだ、ジェイドはただ見ていることしかできない。
爆発まで、あと七分。六分。五分……三分。
二分を切った。
「エド。まだか?」
「トラップは、あと一つ——いや、今、解けた。あとはパスワードだ」
「爆発まで、一分二十秒だ。一分十秒……一分——」
EDの人工知能はフル回転だったろう。
表情を作る余裕のないときの、独特の無表情になっている。
「あと三十秒だッ!」
そのとき、EDが叫んだ。
「解けた!」
EDは扉のなかへかけこむ。
扉がひらいた瞬間、押しよせてきた熱気に、ジェイドはたじろいだ。思わず、あとずさる。
(ED! たのむ。早く外へ——)
爆弾を解体できなくても、熔鉱炉の外へ持ちだしさえできればいい。粉塵が熔鉱炉のなかに広がらなければ、誘爆はしない。
(EDッ!)
その瞬間、熔鉱炉内で、にぶい小さな爆発音がした。続いて起こる大爆発を、ジェイドは覚悟した。
EDはまにあわなかったのだ。
このまま、ここで爆発にまきこまれて、自分たちはみんな死ぬのだ。
無意識に身をふせて、頭をかかえていた。
むろん、宇宙船の崩壊の前には、そんなこと、なんの防御にもならないが……。
だが……。
いつまでたっても、次の爆発は起こらない。
ジェイドがゆっくり頭をあげると、熔鉱炉の扉が半開きになり、そこに上半身を乗りだしたEDが倒れていた。
「ED! しっかりしろ!」
かけよってEDの手をつかむと、ジュッという音がして、ジェイドの手のひらの人工皮膚が溶けくずれた。
それでもかまわず、EDの両腕をつかんで、熔鉱炉の外へひっぱりだす。
「しっかりしろよ。どうしたんだ? エド。なかで何が——」
EDの頭をかかえおこし、ジェイドはハッとする。
EDの口から、白い粉末がこぼれおちた。
「あんた、まさか……」
EDは爆弾を外に持ちだす時間がないと悟ったとき、とっさに飲みこんだのだ。自分の口のなかへ。
特殊強化ガラスのEDのボディなら、ハイメタルの熔鉱炉の壁より、はるかに頑丈だ。爆弾を飲んでも、ガラスの体がくだけちることはないと考えて。
しかし、外がわがどんなに強くても、その内がわは……。
「エド! しっかりしろよ。死んだら、ゆるさないからな!」
EDをかかえて、ジェイドは資材製造室からとびだそうとした。しかし、弱々しいEDのパルスが、それをさえぎる。
——私は置いていけ。いかに、おまえでも、私をかかえてクリーチャーの巣を突破することはできない。
「そんなの、やってみなけりゃわからないだろッ?」
——いいんだ。爆弾は私の口中で爆発した。AIを守るハイメタルフレームのすぐ下でだ。爆発でフレームがやぶれ、粉塵がAI内部に侵入したからな。まもなく……回路が停止する。
「ED……」
——かまわん。これで……設計図が手に入……我々は、生まれ変われる……。
EDの内部から青白い電光がスパークして、全身を包んだ。
EDはゼンマイの切れかけた人形みたいに、手足をきしませた。ぎこちない仕草で、ジェイドの手をにぎりしめる。
——エンジェル……守れ……。
EDのパルスが停止する。
「ウソ……だろ? なんでだよ。あんた、いっつも、なんでもできたじゃないか。あんた、最高のニューモデルじゃないか。こんなことで壊れたりしない。そうだろ? なあ、ED」
ゆすっても、もう反応はない。
EDのAIは異物の混入により、破損してしまったのだ。
「……なんでだよ。なんで口のなかまで、強化ガラスにしとかなかったんだよ!」
ゆらすと、オイルが涙のように、EDの頰にすべりおちる。EDのボディは生きているときのように、ヒビ一つなく、美しかった。
あんたは、キレイすぎたんだ。
だから、この船で滅んだ、オリジナルヒューマンの魂につかまっちまったんだ。
あんたを、ここから帰したくなかったんだ。きっと……。
ぼんやり考えていると、オニキスのパルスがジェイドを我に返らせた。
——ジェイド! もどってこい。早く、ここから出よう。
ジェイドはEDのボディをよこたえた。
(変だよな。最新モデルのあんたが死んで、旧式のおれが生き残るなんて。おれ、あんたにあこがれてたんだぜ?)
涙をぬぐって、ジェイドはかけだした。
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