五章 メモリー 3—2
そこから一階層くだるあいだに、数回の戦闘があった。
一度など、まがりかどのすぐむこうにクリーチャーがいて、もう少しで巨大な牙に食いつかれるところだった。
なんとかよけたが、ヤツらは、ジェイドたちに毒ガスがきかないとわかると、キラキラした石を吐きだして、とばしてきた。あれにあたれば、ジェイドのハイメタルの装甲板でもゆがんでしまう。
ジェイドはEDの肩に手をかけ、そこを支点にして跳躍した。右手のサーベルでクリーチャーの首をはねる。血の色が竜と同じ赤色なのが、奇怪な感じすらする。
「なんだよ。あの石っころ。そういえば、廊下にもゴロゴロ落ちてるけど。あれって、もしかして、ダイアモンドか?」
「ああ。ダイアモンドも成分は炭素だからな。やつらが結石化させた炭素だ」
「いくらなんでも、あれ、あたると穴あくだろ? とことん、やなヤツらだなぁ」
「ああ。ジェイド」
「なんだよ。怖い顔して。あんたをとび箱がわりにしたことなら、あやまるよ」
「そのことじゃない」
いぶかしんでいると、とつぜん、EDは言いだした。
「だから私は、我々のAIには改良が必要だと思うのだ。私はもう、おまえを疑ってはいない。おまえの故障は、それだけで他人を破壊できるものではない。抑制数値の乱れだけでは、何人も破壊し続けることはない。よほど強く、おまえがその相手を破壊したいとでも願わないかぎりは。しかし、そういう男でもない。
それでも……どうしても、私はおまえを根本的に好きになれない。どんなに努力しても、負の感情のほうが勝ってしまう。私はそれを修正できない。内心、すまなく思うときもある」
「ED……」
「私たちのAIは改良されるべきだ。人格チップは、ごく基本的な初期設定と知識だけでいい。なぜ、他人に対する好悪まで左右されなければならない? 神はまちがっている」
「おれも……そう思うよ」
ジェイドは感動の数値があがってくるのを感じた。
EDは背中をむけていたから、そのとき、どんな表情をしていたのかわからない。もしかしたら、ものすごい仏頂面をしているのかもしれない。そう思うと、おかしい。
「あんた、Aのチップを足せばいいんだよ。そしたら、おれとも折りあえる」
「その提案は、まだ保留だな。音楽の才能で負けるのはシャクだから、考えてもいい」
「たいした進歩だよ」
軽口をたたきながら、地下十五階への降り口に立つ。おりていく前にEDが説明した。
「この船は三つのセクションにわかれている。この下の地下十五階に大廊下があり、各セクションが通じているのは、この大廊下だけだ。だから、大廊下さえ封じてしまえば、セクションごとに封鎖することができた。万一のときのために、こういう造りになっていたのだろう。大廊下をまっすぐ後方の第三セクションへ行けば、私たちが修理した原子炉だ。だが、熔鉱炉は逆方向にある」
ジェイドたちは階段をかけおりた。
階段をおりると、EDの言う大廊下があった。
横幅が二十メートルはある。
後部につながる非常シャッターは、おりたままだが、まんなかに大きな虫食いみたいな穴があいていた。かがまなくても出入りできる大きさだ。
EDの示す前方へと走り始めたときだ。
ジェイドは階段のある方角に、強い電気の流れを放つ物体を感じた。クリーチャーではない。バイオボディなら、もっと電気量が微弱だ。
おどろいて、ふりかえった。
非常シャッターのいびつな穴からとびだして、誰かが階段をかけあがっていった。一瞬のすばやい動きで、ズームアップがまにあわない。
「エド! 今——」
「ああ。いたな。爆弾をしかけたヤツだろう」
「あんた、姿、見たか?」
「…………」
EDは、なぜか黙りこんだ。
ずいぶん考えこんでから、なんとなく自信なさげに言った。
「いや……見まちがいだろう。一瞬だったからな」
このとき、誰を見たのか、EDに聞いておくべきだった。だが、とうのEDが、
「追いかけているヒマはない」とせかすので、ジェイドはさきを急いだ。
ここまで来るのに五分かかっている。
ジェイドは飛び道具があるので、一体を倒すのに時間はかからないが、とにかく数が多い。戦闘もたびかさなると時間を食う。
熔鉱炉のある資材製造室についたときには、メインコントロールルームを出てから、六分が経過していた。
「あと十四分だ。製造室に入るには、やっぱりパスワードがいるんだろうな」
「原子炉を修理したとき、船内主要部のパスワードは、私が設定しなおした。問題ない」
資材製造室の出入り口は一つ。
扉は厚さ三十センチのハイメタル製だ。
ここには、クリーチャーも入れない。
だが、まわりにはクリーチャーがウジャウジャいた。EDがパスワードを解くあいだ、ジェイドが奮闘して、その時間を作る。あたり一帯のクリーチャーを皆殺しにした。
ようやく、資材製造室へ入る。
あと十一分だ。
資材製造室は手前がパーツを作る工場だ。工場はすべての機能が停止している。照明も暗く、無人の廃墟というにふさわしい。
奥にハイメタル製の、やけに大きい箱みたいなものがあった。そこから数本、パイプが伸びている。周囲には細々したメーターや機器類がならび、弱い照明を受けて、にぶく光っている。
「あれが熔鉱炉か?」
「ああ」
EDがかけよっていく。
まず、EDは熔鉱炉を停止させようとした。が、手動コントロールはめちゃくちゃに破壊されていた。
これじゃ、熔鉱炉は止められない。
爆弾を除去するしか方法がない。
「爆弾はどこだ?」
エックス線で透視して、ジェイドはギクリとした。
爆弾は熔鉱炉の外壁ではなく、三重になった壁の一番内壁の外がわにセットされていた。
「なんてことしやがる」
ジェイドがうなるのには、わけがある。
ハイメタルは耐熱性にもすぐれているから、熔鉱炉の外に立っていても、内部の熱を感知できない。
だが、熔鉱炉内部は数万度に達する高温だ。
ジェイドの体の装甲板もハイメタルだが、軽量化のために厚さ十ミリに押さえてある。
つまり、何十センチも厚さのある熔鉱炉の壁と違って、ジェイドの装甲板は内部に伝わる熱が格段に高い。
一瞬で人工皮膚が燃えあがるくらいは、あとで直せるからいい。でも、装甲板からの熱伝導で内部の配線が溶けると、動けなくなってしまうのだ。
EDがたずねてきた。
「ジェイド。おまえのボディの耐熱温度は?」
「一万度ってとこだな。それ以上になると、装甲板はもっても、なかの機器がやられる」
「私は二十万度まで、完ぺきに外部の熱を遮断できる。私が行く。おまえはここで待っていろ」
EDは言いすてて、熔鉱炉へ入るドアのパスワードを入力する。パスワードはIDではなく、純粋に暗号だ。解除には、あるていど時間がかかる。
それにしても、EDにしては時間がかかりすぎる——と思いながら見ていると、EDは舌打ちをついた。
「パスワードが変更されている」
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