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五章 メモリー 3—1
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ジェイドはあわてた。
「熔鉱炉に爆発物だって? なんでそんなものが——」
EDは冷静だ。
「今はなぜかなんていい。オニキス、熔鉱炉を停止させろ」
「ダメだ。操作が手動に切りかえられたまま動かん。どうする?」
ジェイドは迷わず答えた。
「決まってる。早く逃げだそう」
だが、EDは難しい顔をして、その場を離れない。
「エド——」
呼びかけると、静かな声で言う。
「おまえはそれでいいのか? 後悔しないのか?」
「後悔?」
「私はきっと後悔する。たった今、目の前に、我々のここに収まるものの設計図がある」と、EDは自分の頭を人差し指で示した。
「なぜ、我々は何億年も変わらぬ思いをいだき、生き続けるのだ。なぜ、生まれる前から定められたとおりにしか人を愛せず、決められたとおりの行動をとり続けるのだ。
我々に心はないからだ。ここに入っているものが、全部、作り物だからだ。ここを書きかえないかぎり、思いは変わらない。愛する者が去っていく悲しみを、何度も味わわなければならない。その思いさえ、作られたものなのに」
EDの言葉に、ジェイドは沈黙した。
その気持ちは、ジェイドも同じだったから。
自分自身がロボットだと知ったときに感じたのと、同じ……。
EDは訴える。
「このデータだけは、なんとしても持ち帰らなければならない。そのためには多少の危険もかえりみるべきではない。わかるな? ジェイド」
ジェイドはうなずいた。
「わかるよ。けど、それならどうするんだ?」
EDは答えない。かわりにマザーコンピューターに問いかけた。
「マザー。爆発物は今すぐ爆発しそうか?」
マザーは爆発物を監視カメラから解析した。
「タイマーが作動中です。爆発まであと二十分です」
「二十分か。急げば、まにあう。私はこれから爆発物を撤去しに行く。ジェイド、おまえは往復の援護をしてくれ。オニキス、そのあいだに、君はこのファイルのコピーをとるんだ。どれくらいかかる?」
オニキスはわりと平静だ。最初からそのつもりだったのかもしれない。
「量が多いしな。まあ、三十分ってところだな」
「わかった。私たちが帰ってくるまでに終わらせてくれ。もし十五分……いや、十七分たっても、爆発物を除去できない場合は、即刻原子炉を停止し、申しわけないが君だけで、どうにか外まで逃げだしてくれ」
「任せたまえ」
オニキスの返答を聞いて、EDは廊下へとびだしていく。しかたなく、ジェイドも追いかけた。
「おれの返事は聞かないのかよ」
「そんな時間はない」
「ああ、もう……」
来たときと違い、船内はどこもかしこも明るい。視野が広いので、かなりのスピードで移動できる。白っぽい廊下を、ジェイドは時速六十キロで、EDのあとについていった。
「熔鉱炉って、どこにあるんだ?」
「地下十五階だ。第一セクションの中心にある資材製造室のなかだ」
「つくのに何分かかるんだ?」
「障害がなければ、この速度で二分たらず。しかし、そうもいかないようだな。来たぞ」
もちろん、ジェイドだって気づいていた。光スコープでの視界なら、ズーム機能を使って、五十キロさきにいる人間の顔だって区別がつく。
廊下のまがりかどから、複数の影が現れた。
あの化け物だ。
オリジナルヒューマンを絶滅させた、クリーチャーども。
体長は二メートルから三メートル。
長い年月、地下に順応して生きていたせいで、色素はすっかりぬけている。血管や内臓、骨まですけてみえる。
背中から腰まで大きくつきだした長細いコブのなかに、黒く液体が流動している。EDの言っていた、二酸化炭素を分解する器官なのだろう。
そのせいで、背骨が大きく歪曲し、上半身が下半身に対して、九十度近くまがっている。
ひしゃげて小さな頭部。その頭に、脂肪をためておくらしいコブみたいなツノが、三つ隆起していた。
口から胸まで達する長い牙があり、爪もするどい。
体全体にくらべて不釣り合いに大きく太い両足は、その化け物の脚力の強さを表していた。
明るい光のもとで見る姿のおぞましさに、一瞬、ジェイドはひるんだ。が、その前に戦闘モードに入る。
ターゲットは四体。
射程距離内だ。
エアガンの一発で瞬殺する。
走るスピードは落とさず、EDがつぶやく。
「ふん。まあ、戦闘にだけは使えるな。いくらオールドタイプのおまえでも」
「まあね。断っとくけど、おれの弾をよけようとだけはしないでくれよ。ちゃんと、あんたにあたらないように軌道計算してるんだから。変によけようとすると、よけい、あたっちまう。守ってやるからさ」
ふりかえったEDが険しい顔をしていたのは、はたして時間にせいていたせいか。それとも、ジェイドの言葉が
しかし、言い争っているヒマもない。
次々にクリーチャーが現れるので、ジェイドは忙しい。階層が下になるにつれて、クリーチャーの数も増える。
それらをエアガンの連射で片づけながら、ジェイドはEDにたずねた。今じゃないと聞けないような気がした。
「なあ、エド。あんた、まだ、おれがマーブルを殺したと思ってる?」
EDはジェイドの半歩さきを飛んでいた。走るより速いのだろう。空気を押しだす方式だから、鳥のようには羽ばたかない。カーブのときや減速するときに、少し翼のむきを変えるだけだ。
かっこいい背中を見せたまま、EDは答えない。
やはり、まだ、ジェイドを疑っているのか。
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