五章 メモリー 4—1

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 オリジナル二十六体の設計図は手に入った。

 大きな犠牲はあったが……。


 オニキスを守って、宇宙船から脱出した。


 だが、待ちわびたエンジェルの顔を見ると、心が重くなった。

 コンパートメントのドアがひらくと、エンジェルはすぐさま、かけつけてきた。入ってきたのがジェイドとオニキスだけだと知ると、あきらかに落胆した。


「エドは? どこ?」

「すまない。エンジェル。EDは——」


 言いかけるジェイドの肩を、ぐっとオニキスがつかむ。


「EDには僕の用事をたのんだんだ。ちょっと、よその街へ行っていてね」と、嘘をつく。


「なんだ。そうなの。残念。いつ帰ってくるの?」

「遠くの街だから時間がかかる。大事な用なんだ」


 エンジェルは手の内にミニミックスフラワーの栽培ケースをにぎりしめ、しょんぼりとながめる。


「せっかく花が咲いたから、見せてあげようと思ったのに」


 十センチのケースのなかに、三センチの花が咲いていた。白い百合の花だ。凛とした立ち姿は、どこかEDを思わせる。


「きれいだね。これを見そこねたと知ったら、あいつ、きっと悔しがるよ」


 ジェイドはオニキスに調子をあわせて言った。

 だが、エンジェルはガラスケースを胸の谷間に押しこむと、ジェイドのおもてをのぞきこんできた。


「何かあったの? ジェイド、変よ。熱でもあるの?」


 エンジェルは思いっきり背伸びして、ジェイドのおでこに自分のおでこをくっつけてくる。


「大丈夫だよ。おれのAIはオーバーヒートしてない。ただ、ちょっと疲れたんだ。すごく大変だったからさ」

「そう? なら、いいけど」


 まったく、なんて敏感なんだろう? 人間ってやつは。

 やっぱり、これが本物と偽物の違いだろうか?


 ジェイドは今、AIの計算したとおりの完璧な笑みをうかべたはずなのに。


「……ごめんよ。エンジェル。おれたち、まだやらなけりゃならないことがあるんだ。持ち帰ったデータを分析しないと。悪いけど、奥にこもるからね」

「ええっ! また、ほったらかしぃー? わたしも見てる。ジャマしないから!」

「それは、ええと……」


 これ以上、エンジェルといると、ウソをつきとおす自信がない。

 せめて、もう少し、ジェイド自身の感情パラメータの乱れがおさまるまで離れていたい。

 それで、つい、ジェイドの口調はきつくなってしまった。


「ダメだ。君がいると作業が進まない」


 とたんに、エンジェルはくちびるをとがらせた。


「いいわよ。ジェイドのケチッ」


 君のくちびるはやわらかいと、EDに言わせた、そのくちびる。ジェイドには、すねて、とがらせることしかできない。


 おれも、いつか、ふっくりしたこの口を、あんなふうに押しつけてもらえることがあるんだろうか?

 たぶん、そんなときは来ないだろう。

 そう思うと、いよいよ、気分が落ちこんでくる。


 ジェイドの気持ちを電波の波長で感じたのか、そばで見ていたサファイアが言った。


「たいくつなら街へ行きましょ。エンジェル。博物館は一見の価値ありよ」


 ジェイドは、ほっとした。


 エンジェルがサファイアと出ていったので、ジェイドはオニキスと二人で調整室へ入った。

 調整室には、調整機のほかに、ビンテージもののオイルをそろえた、オイルボックスがある。

 その奥に、もう一つドアがある。


「ここが、僕とサフィーのベースキャンプだ」と、オニキスが言った。


「おれが入ってもいいのか?」


「今さら、僕一人に仕事を押しつけるわけじゃないだろ? さ、来なさい。えんりょなく来なさい。EDが残してくれた設計図を調べてみよう」


「ああ、そうだ。こうなったら、おれ一人でエンジェルを守り、ドクの研究の秘密をつきとめてやる。犯人を探しだすんだ。ほんとに犯人はドクなのか、そうじゃないのか、ドクの研究を調べていけば、わかるような気がする」


「それなんだがね、うん。君たち、僕に隠しごとをしてたろ? 今度こそ、すっかり話してくれなけりゃ困るよ。僕ァ、おしゃべりかもしれんが、軽口じゃないつもりだ。信用してくれなけりゃね」


 ジェイドは笑った。

 とりあえず、作業台に腰かける。

 新しいボディと古いボディを乗せ、AIを移しかえるための作業台だ。

 ボディケースには、OタイプとSタイプの造りかけのボディがならんでいる。完成にはまだ遠い。


 そういえば、エヴァンのベースキャンプのニューボディは、完全に仕上がってたっけ、と、ぼんやり考えた。


 あのときは、パールといっしょだった。

 EDをなぐって、おどろかせた。

 まさか、その二人がいなくなるとは……。


「これを話せば、あんたはあともどりできなくなる。それでもいいのか? 自分の身に危険がおよぶかもしれなくても?」


「もちろんだとも! 知的好奇心に勝るものなど、この世には存在しとらんよ」


「わかった。話すよ。あんたはオリジナルヒューマンのこととか、けっこう知ってるから、この事実に耐えられると思う。なんと言っても、考古学はあんたの専門分野だ」


 それから一時間ほどかけて、これまでの経過を包みかくさず打ちあけた。

 ドクの研究のことも。ドクから聞かされた事実も。

 ジェイドたちを追いまわす殺人者のことも。


 オニキスはお調子者に見えて、案外、芯が強いのか、それとも専門の予備知識のせいか、一度もフリーズすることなく、ジェイドの話を真摯しんしに受けとめた。


「なるほどな。我々はアンドロイドか。ま、そうじゃないかと、薄々、気づいちゃいたんだ。うん。気づいてたのさ、僕は。だって、バイオボディってのは、頭の中身まで生物なまものなんだ。機械部品なんて、どこにもない。オリジナルヒューマンがオリジナルボディに変身するには、どっかからAIを持ってこなけりゃならんのに、彼らは、それをどこにも持っとらんからなぁ」


 そう言って、オニキスは苦笑した。


「じつは僕のほうこそ、君らにはそのことを言わないでおこうと思ってたんだ。これで、おたがい秘密はなくなった。もっと、つっこんだ話ができるってもんだ。こんな話はサファイアにもするわけにいかんし、話し相手に不自由してたのさ。覚悟したまえよ。ジェイド。今まで口外できなかったぶん、全部、ぶっちゃけるからね」


「助かる。おれ一人じゃわからないことが多いからな」


「じゃあ、さっそく、設計図をひらいてみるか」と、オニキスは言ったのだが、ジェイドはひきとめた。


「その前に一つ、気になってることがあるんだ。さっきの船の乗組員のリスト、ひらいてみてくれよ。後半の、アンドロイドになってからのほうをさ」

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