五章 メモリー 2—1

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 さすがは強度最高水準のハイメタルだ。

 クリーチャーの襲来もよせつけずに立っているところは、腕組みした巨人みたいだ。


 EDのパスワードでなかへ入る。

 ドアは自動でロックされた。

 ひとまず、これで、いきなり襲われることはない。


「まっくらだなぁ。どうすんだよ。コンピューターを起動させるんなら、バッテリーいるだろ」


 エックスレイで見えるのは、コンピューター内部の複雑な配線と回路ばかりだ。


 オニキスが、いやに自慢げに言いだす。


「その点は心配いらんよ。なあ、ED。さ、やってくれ。むろんのこと、今回もあの機能、あるんだろう?」


 EDはメインコンピューターの前に立った。


 いったい、どうするつもりだろうか?


 見ていると、EDは翼の付け根あたりの玉飾りをひとつ、ひっぱった。するっと細いケーブルが伸びてくる。


 外部機器接続用端子になっているのだと、ジェイドは思った。が、それはただの接続端子ではなく、電線だった。


 EDが端子をコンピューターにつなぎ、翼に空気を循環させる。ガラスが涼しげな音をたてる。風力発電を開始したのだ。すると、高さ二十メートルの巨大コンピューターに、サッと光が通っていく。


「あ、やった! 起動した」

「まだだ。電源を入れて三十秒以内に、パスワードを入力しなければ。オニキス、たのむ」

「うむ。任せときなさい」


 オニキスがキーボードをたたく。

 前面のスクリーンが明るく光りかがやいた。今度こそ、起動したのだ。


「今のうちだ。オニキス。原子炉を作動させてくれ。私の送る電力だけでは、長くはもたない」

「わかってますってね。メイン動力室、侵入者なし。セキュリティ保持。発電システム異常なし——よし。発電開始だ」


 オニキスはなれているらしい。一連の作業によどみがない。


 数分後、船内に白色の光が、こうこうと照りかがやいた。コントロールルームの壁面をかこむ監視モニターに、次々と船内の映像が映しだされる。


「や、ありがとう。ED。もういいよ。念のため、三時間後に原子炉が停止するよう、タイマーを設定しとこうか」と、オニキス。


 EDが電線をぬくと、玉飾りはもとの位置までもどった。ほんとに、いろんな機能を持っている。


 EDはオニキスをせかす。

「では、新しい発見とやらを見せてもらおうか」


 それは、ジェイドも気になる。

 そのために、ここへ来たと言っても過言ではない。

 オリジナル二十六体と、オリジナルヒューマンの謎に迫ることができるかもしれないのだから。


「うん。うん。少し待ちなさい。ここをこうして……と。この前、ここに来たとき、僕はまず、これまでこの宇宙船で暮らしてきた乗船員のリストを調べた。そのときはデータをダウンロードする時間がなかったのが残念だ。しかし、今回はちゃんとバックアップ用のリーダーを用意してきたからな。ED、悪いが、これをそっちのサブコンピューターにつないで、ダウンロードを始めてくれ」


 オニキスはベルトにぶらさげたポーチから、記憶ファイルバックアップ用の外付け機をとりだした。


 EDがサブコンピューターにつないでいるあいだに、オニキスは問題のファイルを呼びだす。

 メインパネルに、アリの行列みたいな文字の羅列られつが浮かびあがる。


「これだ! ED、準備はいいかい? 複写開始してくれ」

「ああ」


「じゃあ、ジェイド、僕らはそのあいだにリストを見よう。最初のへんはいい。じっくり検分したら、配合の家系図なんかわかって、おもしろいかもしれんがね。見てくれ。この膨大ぼうだいな数。言ったろう? この船はスペースコロニーをかねていたんだと。あるいは、星から星への星間移民船みたいなものだったのかもしれない。この船には出発当初、何十万人ものオリジナルヒューマンが乗っていたんだ」


 オニキスはものすごい速さでリストをスクロールさせる。だが、どこまで下へ行っても、小さな文字がならんでいる。終わりなどないかのようだ。


「……すごい。これ、全部、オリジナルヒューマンの型式か? いくらなんでも、この人数を収容しきれるのか? この船」


 動体視力と暗算力を駆使してみると、三億人以上の型式がモニターの上を流れていったようだ。


 オニキスは笑っている。


「いやいや、まさか。いかに大型船でも、この人数はムリだ。これは世代が違うんだよ。出発当初の乗組員から始まり、この船のなかで生まれた者が、製造年月日順にならんでいる。オリジナルヒューマンは短命だったようだね。こうして型式をクリックすると、個人の詳細データがわかるんだが、たいてい百年前後で死んでる。

 どうも、この船は、何十代も世代交代しながら、何千年という月日をかけて、宇宙を旅してきたらしい。我々みたいに何千万年も生きる者にとっちゃ、何千年なんて、たいしたことない。でも、彼らにとっては、それは気の遠くなるような長い流浪の日々だ。自分の星を持たない、宇宙のみなしごだよ。考えただけで涙が出るじゃないか」


 オニキスはロマンチストらしい。目をうるませている。


「最初のうち、旅は順調だったようだ。だが何度か、新規製造者の型式リストが、ぐっと減少してしまうことがあるんだ。そのたびに数千人、数万人と人口が減っている。当初、五十万ほどいたオリジナルヒューマンは、最後には、たったこれだけになってしまうんだ。これがこの船に残った、最後のオリジナルヒューマンのリストだよ」


 たった、これだけ……。


 オニキスの言うとおりだ。

 型式リストは何段階かにわけて、目に見えて減少している。


 おそらく、そのたびに船内に大きなトラブルが発生したのだろう。

 流行病の蔓延まんえんかもしれないし、爆発事故かもしれない。どこかの惑星に立ちよったときに、予期せぬ災難に見舞われたのかもしれない。


 いったん数が減ると、バイオボディのオリジナルヒューマンは、新たに人口を増加させるまでに時間がかかる。

 増加しきる前に別のトラブルが発生すると、生存者は目減りしていく一方だ。


 リストの最後尾を見て、ジェイドは双眸のオイル輸送菅の奥が、ジンと痛むのを感じた。


 そのあまりの少なさに。

 リストは、わずか二十数名だった。

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