五章 メモリー 1—5
EDがささやく。
「あの部屋を見たとき、私がどれほど強い衝撃を受けたか、おまえにわかるか? ジェイド。あの研究室の実験動物は、ヤツらをもとに造られたのだと思う」
それで、あのとき、EDは泣いたのだ。
ジェイドだって、今、泣きたい。
「でも、エンジェルは人間だって、ドクは言ってたじゃないか!」
「それについては、ドクに聞いてみなければわからない。ただ、私に言えるのは、ヤツらとあの実験動物は、進化の道でわかれた同一系統の亜種だということだ。おまえだって、Dのチップを持ってるなら、わかるだろう?」
「わかりたくもないけどさ」
ジェイドたちは黙りこむ。
すると、二人の深刻な口調にわりこめないでいたオニキスが、ふげさた調子で口をはさんできた。
「うん、うん。そうなんだよ。つらいところだ——って、おいおい、君たち。話が見えんじゃないか。ちゃんと説明したまえ。僕にわかるように、ほれ。したまえ」
ジェイドは笑った。
オニキスがいてくれて、ほんとによかった。EDと二人きりで、こんなところに来た日には、気分がめいってしょうがない。
「悪い。悪い。帰ったら、ゆっくり話すよ。ただ、その……あんたって、口、かるいんじゃない? それが心配で昨日は話さなかったんだけど」
「失敬な。僕のどこが軽口だと言うんだね? 僕ほどクールでダンディで、オールマイティなナイスガイはいないよ。信用したまえ。ドンと。そう。ドーンとね」
よけい信用できない気もしたが、まあ、それは帰ってから考えればいい。今はここから無事に脱出するまで気をぬかないことだ。
「早くメインコントロールルームに行こう。血の匂いをかぎつけて、ヤツらの仲間が集まってきたら大変だ」
「ふむ。こっちには最高のEとJがついてる。安泰ってもんだが、急いだほうがいいことはいいね」
ジェイドたちはメインのコンピュータールームへ急行した。
暗い廊下が、どこまでも続いている。
今度は、ジェイドもレーダーに集中して身がまえる。
「それにしても、ここって密閉されてるんだろ? あいつら、なんで酸素も水もないとこで生き続けてるんだ? バイオボディのくせに」
その点が、エンジェルと違う。
EDが早口で説明する。
「ヤツらは外の世界にいる哺乳動物とは、比較にならないほど劣悪な環境でも生存できる。もともとそうだったのか、閉鎖空間に閉じこめられて順応したのかはわからないが。
まず、酸素だが。ヤツらも地上の動物同様、酸素を吸入し、肺にとりこむ。酸素は心臓に送られ、赤血球について全身に運ばれ、生命維持活動に使用している。
通常の生物は、使用ずみの酸素は二酸化炭素となって体外へ排出される。だが、ヤツらは肺の近くに、
二酸化炭素は、いったん、ここへ送られ、分子を分解され、きれいな酸素となって体外へ放出される。分解の過程で肺筒袋にたまった炭素は、肺筒袋内部で分泌される粘液によって固形化し、結石となる。結石は胃に運ばれ、
つまり、ヤツらは、最初にあるていど酸素のある空間でさえあれば、その酸素を循環させて、永遠に有酸素運動が可能なのだ。
ついでに言えば、オニキスの言っていた有毒ガスというのはだな。この肺筒袋にたまった炭素と、呼吸によって吸いこんだ酸素を混合させた高濃度の一酸化炭素だ。エンジェルのようなバイオボディは、このガスを吸うと呼吸困難におちいり、またたくまに窒息死する」
「……たくましいな」
「やつらの体は水分をほとんど必要としない。食料は完全な肉食だ。船内に自然繁殖している小型の動物を狩って生きている」
「えらく詳しいな」
「以前、オニキスと来たとき、解剖して調べた」
ジェイドは初め、ぶきみなバケモノとしか思ってなかった。が、話を聞いて、少し感心してしまった。
「じゃあ、生物としては、そうとう優秀なんだ。あいつら」
EDは言下につきはなした。
「だが、みにくい」
「ああ、まあ、そうなんだけど。でも、ヤツらの美意識では、あれで普通なんだろうし」
「くだらん。それにヤツらは低能で凶暴だ。あんなものがオリジナルヒューマンの存続をおびやかしたなどと、ゆるしがたい」
うん。そうそう。
こういう独善的なとこが、Eタイプの個性なんだよな。
「まあね。襲ってくるからには、倒さなけりゃな。コンピュータールームはまだか?」
EDが、あごをしゃくってみせる。
「あれだ」
そこに、頑丈なハイメタルのドアが立ちはだかっていた。
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