四章 フューチャー 3—3
ジェイドは、ぽかんと口をあけっぱなしにしてしまった。フリーズの手前まで行って、あわてて感情パラメータをひきしめる。
「この星の外から来たってことか? でも、遺跡に乗ってきたヤツと、おれたちの先祖が同じって、決まったわけじゃないだろ? 遺跡は人類の誕生より古くから、そこにあったのかもしれない。それをマネして、おれたちの先祖が、ファーストシティーを造ったのかも」
「それはない」
口をはさんだのは、EDだ。
「私は四番めに造られたEの分身だ。だから、そうとう古いことも知っている。私がEによって造られたのは、この宇宙船のなかだ。私はそこが宇宙船だということを、当時、知らなかったが。
私はEに手を貸して、ファーストシティーの建設にもたずさわった。ファーストシティーができあがるまでは、たしかに私たちは、その遺跡を拠点にしていた。当時は各タイプのオリジナルをふくめ、三十人弱しかいなかった。
Eは宇宙船のなかで、ときおり物思いにふけっていた。おそらく、Eを創造した神を思いだしていたのだと思う。彼がそこで、かつて神と暮らしていた日々のことを」
オニキスがあとをとる。
「遺跡の存在をEDから聞いてね。その後の調査で、宇宙船だということがわかった。もともとは巨大なスペースコロニーをかねたものだったのではないかと思う。そうとでも考えなければ、つじつまのあわない設計がされているからね。
しかし、宇宙を旅するうちに、まあ、いろいろと過酷なめにあったらしい。悲惨と言ってもいいかもしれんね。この星に辿りついたときには、宇宙船全体の七割が破損、および喪失した状態だったようだ。動力部やメインエンジンなど、宇宙航行に必要最低限なかしょだけが残っていた。
それにしても、いつ、どこから旅してきたのか知らんが、生存者はわずかだったろう。ぶじに到着できたのは奇跡だよ」
ジェイドはうなった。
「宇宙船か。考えてみたこともなかったな。そんなもの造れるんだってことさえ。そう言われれば、EDくらい技術があれば、宇宙を飛んでいく船だって設計できるよな」
「そう。そこだ。我々の基本人格プログラムには、いくつかの共通項目がある。ほら、むやみに生物を殺しちゃいかんとか、他人に暴力をふるっちゃダメとか、こういうやつだ。そのうちの一つに、この星の居住環境をととのえるべしっていうのがあるんだ。当然、宇宙に飛びだす乗り物のことなんか念頭にないよ。
つまりだ。ジェイド、君は、いいとこをついたぞ。つまり、この宇宙船を造ったのは、我々の祖となる、オリジナル二十六体ではなかったということだ。我々に宇宙船は造れん。もしかしたら、オリジナルを造った神の手によるのかもしれないね」
「神……か。やっぱり、ほんとにいるんだ」
我々は神の手によって造られたロボットだ。我々を造った神とは、人間——
ドクの言葉に偽りはなかったのだ。
この真実を知らないオニキスは、ハシャいで見えるほど興奮していた。
「いるさ。神はいる。宇宙船には、オリジナルたち以前にも、誰かが生活していた痕跡がある。それも、どうやらバイオボディだったらしい」
そう言って、オニキスはエンジェルをながめた。
「我々、考古学者のあいだでは、その謎のバイオボディの者たちを、オリジナルヒューマンと呼んでいる」
オリジナルヒューマン——たしかに、そうだ。
ジェイドたち機械人間を造った神が、人間だというなら、彼らこそ真の意味での人類だ。
「なら、そのオリジナルヒューマンが神なんだろ?」
聞くと、オニキスは首をかしげた。
「うーむむむ。そこのところが、どうもハッキリしないんだ。遺跡となった宇宙船のなかに、データが残されている。よくわからんが、オリジナルヒューマンというのは、オリジナル二十六体の前身らしい」
「前身って……再生する前のボディってことか?」
うーむ、うーむと、オニキスはうなった。
「だから、よくわからんと言ったじゃないか。なにしろ、宇宙船のなかは古びてるし、パスワードがないと進めない場所も多い。しかし、そう考えると説明のつくことが……」
オリジナル二十六体を造ったのは人間で、でも、その人間がオリジナル二十六体の前身だなんて、わけがわからない。
ジェイドは、もうガマンできなくなった。
「行こう! その宇宙船のなかへ。おれも調べてみたい」
オニキスは、ため息をつく。
「しょうがないな。行ってもいいが、内部は危険だよ。JやEのあんたたちは平気だろうが、バイオボディの天使は置いていったほうがいい」
「危険って、なんで?」
「行けばわかるさ。しっかり武装して行かなけりゃな」
武装ってなんでだよと聞こうとしたとき、サファイアが四人ぶんのオイルをグラスに入れて運んできた。ひととおり話が終わるのを待っていたのだろう。
「うれしいわ。この人の話を笑わずに聞いてくれる人がいて。どうぞ。男性はムスク。女の子にはグリーンフローラルよ」
目の前に置かれたオイルをひとくち、なめて、エンジェルはしかめっつらになった。顔を見ただけで、「マズイ!」という心の声が聞こえたほどだ。
ジェイドは心配になって、EDに耳打ちする。
「これ、エンジェルが飲んでも大丈夫か?」
「植物性オイルだから、ひとくちくらいなら平気だろう」
ゴチャゴチャ言っていると、サファイアが苦笑した。
「あら、ごめんなさい。バイオボディって、オイルは飲まないの?」
エンジェルが残したオイルを、ぐっと、いっき飲みする。
「かわいそうね。こんなにおいしいのに、飲めないなんて」
「かわいそうじゃないわ。マズイもん」
口をとがらせるエンジェルのお腹が、ぐうとエネルギー不足の音をたてる。
ジェイドたちは張りつめていた感情抑制値をゆるめた。
「しょうがないな。エンジェルは昼飯、食ってから、たいぶ経ってるもんな。おれたちもいったん調整したほうがいいし、宇宙船探検は明日にしよう」
オニキスが茶目っけたっぷりに片目をつぶる。
「アイツは難物だよ。しっかり準備したほうがいい。あのフューチャーにいどむならね」
「
「宇宙船の型式さ。人類はどんな未来をあの船に託したんだろう? ワクワクするほどロマンチックな型式じゃないか」
陽気にオニキスは言った。
けれど、ジェイドにはそうは思えなかった。
フューチャー……なんだか、その名には、胸の奥がギュッとしめつけられるような切ない思いがした。
ロマンなどではない。
もっと切実な、死を覚悟した者の最後の祈りのような響きを、その名に感じる。
ジェイドはその場所が、むしょうに懐かしいような感覚をおぼえていた。
一度も行ったことなど、ないはずなのに……。
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