四章 フューチャー 3—4

 *


 EDの手作り料理で、エンジェルが夕食をすませたあと、一同で買い物に出かけた。


 EDの料理の腕は得意の分析と統計で、めきめきとあがっている。近ごろはエンジェルも食事のたびにご満悦だ。


 明日、エンジェルを地上に残していくにあたって、留守のあいだの食事や水が必要だ。


 EDはその点にもぬかりがない。

 武器の買い出しのついでに、フレーバーオイル用の缶詰製造機や、真空パック製造機を買いこんできた。ガーデンシティーから運んできた野菜や果物、狩りのエモノの肉などをすべて調理し、缶詰や真空パックに変えてしまった。


「クーラーボックスでは、生ものの鮮度をたもつのに限界がある。こうしておけば日持ちがするうえ、エンジェルが一人のときでも食事ができる」


「でも、これで材料がなくなったぞ。狩りをするには、いちいちオトリにならなきゃいけないしな。けっこう大変なんだぞ。それにバイオボディって雑食性なんだろ? 肉だけじゃダメなんじゃないのか?」


「そんなことも考えない私だと思うか? 今ごろ気づくおまえといっしょにしないでほしいな」


 ニヤリと笑って、EDはキャリーケースから、ガラスケースをとりだした。円筒形のケースだ。


 大きさの違うケースを次々に三、四つならべてみせる。

 高さ二十センチから三十センチほどだが、一番小さいのだけは、十センチの小人サイズだ。

 なかには植物が芽をだしていて、早々に花を咲かせているものもある。


 内心、ジェイドは息をのんだ。


「これ、植物栽培ケースなのか」


「そうだ。種子や花粉を外に出さない完全密閉式だ。ここの注水口から水さえ入れてやれば、半永久的に栽培できる。内部環境を下部の制御装置でコントロールし、一定の大きさ以上に育たないよう保たれている。

 これが小麦。これがミックスベリー。ミックスナッツ。一番大きいのは、ミックスベジタブルの木だ。これだけあれば、ひととおりの栄養は摂取できる。ガーデンシティで、あの都市の品種改良種を植えておいた」


 ガーデンシティで、EDがなにやらゴソゴソ部品をいじっていたのは知っていた。まさか、こんなものを作っていたとは。


「そりゃスゴイけどさ。でも、完全密閉だったら、どうやって収穫するんだ?」


 EDは、いつものバカにした目つきになる。


「よく見ろ。なかに昆虫型の栽培補助ロボットを入れておいた。これが受粉や手入れなど必要なことをおこない、収穫時になった実を刈る。実は下の受け皿に集まる仕組みになっている。受け皿だけはスライド式でひきだせる。

 小麦以外は何種かの実がランダムに実るミックス系の木だ。収穫物が日によって変わるから、多くの栄養素をとりこめる。最初の収穫までに、あと二、三日はかかるが、そのあとは毎日、収穫できる。ちょうど保存食がなくなるころだろう?」


 こういう天才的なところを見せつけられると、ほんとに気分が落ちこんでしまう。


 あらさがしのつもりで、ケースを逆さまにして振ってみたり、ころがしてみた。それでも、可愛い双葉はちゃんとケース下部の人工培養土に定着している。内部の水が逆流することもなかった。ケースは強化ガラスだから、割れることもない。


「植物の光合成や制御装置のソーラーシステムのために、毎日、数時間は陽光にあてたほうがいい。が、二週間ぐらいは暗闇にあっても大丈夫。なかの植物じたいは、暗闇で放置しても二、三年はもつ。水は週に一度やれば充分だ。

 水そのものは、今から大気中の水分を集めて貯水する貯水機を作る。エンジェルの飲料水にもできるよう、ろ過装置をつけておく。かんたんなボタン操作で煮沸しゃふつできるようにしておけば、あたたかい飲み物も飲める。これで、しばらく、私が留守にしても問題はないだろう」


 小麦の上にはテントウムシ。

 ベリーにはミツバチ。

 ナッツはクワガタ。

 野菜にはカマキリのロボットが入っている。

 見ためもキレイだ。


 いや、ほんと、スゴイよ。あんたは——と思うけれど、口に出しては言わない。


 もっとも、ジェイドが言わなくても、エンジェルが言った。


「わあ。可愛い。ステキ! エド。あなたは天才ね。わたしのために作ってくれたの?」

「エンジェル。これは君専用の小さな庭園だ」と、EDはセリフまで、いかしている。

「でも、それじゃ、こっちの小さいのは?」


 十センチほどの小さいやつのことだ。

 あざやかな青い羽を輝かせた、モルフォ蝶ロボットが入っている。


「これは純粋に観賞用だ。ミニミックスフラワーの種を植えた。毎日、違う花が咲くよ」


 エンジェルの頰は紅潮し、うるんだ瞳でEDを見つめる。


「ありがとう。エド。わたし、大切にする」


 エンジェルはすばやく、バラの花弁みたいなくちびるを、EDの口に押しつけた。

 何をしたいのか意味不明な行動。

 だが、ジェイドはドキリとした。

 自分でも、なぜか、わからないが。

 EDもぼんやりしている。


「……今、何をしたの?」


 つぶやきは、どこか恍惚としていた。


「わからない。でも、急にこうしたくなったの」


 エンジェル自身にも理由はわからない。

 本能的な行動だったようだ。

 生身の体の少女の衝動に、自分たちはふりまわされる。

 冷たい機械の体のジェイドたちには、永遠に理解できない衝動に。


「君のくちびるは、やわらかい」


 EDのつぶやきが、ジェイドの耳に痛かった。


 翌日——


「じゃ、エンジェルのこと頼みます」


 エンジェルをサファイアに任せ、ジェイドたちは宇宙船“フューチャー”へ向かった。

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