四章 フューチャー 2—3

 *



 翌日。

 ジェイドたち三人は出発した。

 エアボートのおかげで、旅は二倍のペースで進んだ。


 小型の二人乗りのエアボートだ。

 エンジェルと荷物を乗せたら、いっぱいになってしまう。

 そのかわり、水陸両用で水中も行ける。大型にくらべて、こまわりもきく。


 きれいな流線型のこの乗り物は、EDの翼と同じ原理で空中を浮遊して進んでいく。空気のとりこみ口を逆にすることで、バックもできる。

 操縦はオートとマニュアルに切りかえができる。オートにしておけば、エンジェル一人を乗せておいても安心だ。


 エアボートのなかは空調や冷暖房もそなわっている。エンジェルにとっては、汗だくになって外を歩くより、エアボートに守られているほうが快適だ。

 まるで、ガラスの卵のなかにいる生まれる前の天使みたいだと、ジェイドは思う。


 エンジェルは操作説明書を五分とながめていられなかったので、自動追尾システムで、EDのあとを追っていくように設定してある。

 EDのあとを、というところがシャクだが、購入したのはEDだからしかたない。


 EDが飛行するあとをエアボートがついていき、最後に、ジェイドが時速二十キロで追いかける。

 おかげで、ファーストシティまでは、三日で到着した。行きの半分の日数だ。


 ファーストシティは他の都市にくらべて小さい。

 一番最初に建設された都市だけあって、生活していくのに必要最低限の機能とスペースしかない。

 ドームのなかに銀色の建物が整然とならんでいるだけの、なんの面白みもない都市だ。ガーデンシティの地下部分は、ここをモデルに造られたのだろう。


 都市の入口で面会を求めると、オニキスは快諾してくれた。


 オニキスのコンパートメントは、Bブロック二十七階の二人用住居だ。小さい街なので、調査ルームとベースキャンプ、リビングルームの三室しかない。


 オニキスはちょっと前の流行の、透明な装甲板をむきだしにした、スケルトンタイプだった。この都市には、まだEDみたいな翼や角といった飾りをつける流行が入ってきていない。


 リビングルームに通されると、オニキスのパートナーもいた。


 彼女もスケルトンだ。ほんのり青みがかった強化プラスチックのボディフレームのなかに、紫色で統一された内部パーツが透けて見えている。


 人工知能から命令が送られるたびに、電気の流れが体内をかけめぐり、紫色のパーツをキラキラ光らせている。

 青いフレームを透かして、その部分だけ薔薇ばら色に見える。

 内部パーツの形状そのものも、大輪の花のような凝った形に組みたてられていた。


 ジェイドの好みではないが、とても美しいボディではある。


 ちなみにEDは強化ガラスのボディだが、内部が透けていないので、スケルトンタイプではない。

 ボディフレームに半透明の白色がついていることで、ガラスの透明感と、人工皮膚のやわらかい風合いの両方を持っている。


 今回の旅のあいだ、ずいぶん羨望の的になっていたから、今後、このタイプが流行ることは確実だ。


 オニキスはEDを見て、うなった。


「やあ。ED。あいかわらず、君は目立つなあ。この前の万華鏡みたいなスケルトンボディもすごかったが、今のは、また一段とキレイだな。いや、ほんと、いつも君は度肝をぬいてくれるよ」

「二十年前から、この体なんだ」


 Oタイプは知識階級のなかでは、もっとも、きさくだ。そして、オシャベリである。


 オニキスも例外ではなかった。

 陽気で、ちょっとぬけたところがある感じで、ジェイドは好感を持った。人格プログラムでは、とくに相性を設定されていないが、たぶん、基本的にがあうのだろう。


「やあ、君、ええと——JADEか。よろしく。僕はONYX。こっちはパートナーのSAPPHIRE。サフィーと呼んでやってくれたまえ。

 それにしても、ED。前のボディはどうしたんだね? クリスタルガラスのボディフレームを二重にして、あいだをオイルで満たし、液晶モニターにしてたやつ。体じゅうにホログラフィを電飾で浮かびあがらせて……キレイだったなぁ」


 それは、たしかに度肝をぬくなと、ジェイドは思った。EDらしいハデなボディだ。


「あれは装飾的だが実用性を欠いていた。電力をものすごく使うからやめた」


 そりゃそうだろう。

 いつも体じゅうをピカピカ光らせていたんじゃ、電気を食うはずだ。


 オニキスはうなずきながら続ける。


「でも、あのボディーを廃棄するのはもったいない。誰かに売ったのか?」


 EDはジェイドをチラリと見たあと、口辺をゆがめて肩をすくめた。


「博物館に売ったのさ。君はまだ見ていないのか?」

「や、すまん、すまん。近ごろ、博物館に行ったことがないんだよ。住んでる街だと、いつでも行けるからね。かえって億劫おっくうで」


 なるほど。金持ちなはずだ。


 ファーストシティーにある博物館には、歴史的価値のあるボディーだけが残される。博物館は公営だから、マザーコンピューターから多額のデジタルマネーを受けとることができる。


 もしかしたらEDは、彼の口座が電子マネーでパンパンにふくれていると知られたら、ジェイドにたかられるとでも思ったのかもしれない。

 断じて、貧乏なジェイドの手前、自慢になることを遠慮したとかいう謙虚さからではないだろうう。


(何がマーブルのボディーを売ったからだ——だよ。そんなことしなくても、うなるほど金は持ってるんじゃないか)


 オニキスはジェイドとEDの微妙な空気に気づいていない。さらに続ける。


「しかし、これで何体めかね? 君のボディーが博物館に買いとられたのは?」

「さあ?」

「三体……いや、四体じゃないか?」

「そんなところかな」

謙遜けんそんしなさんなって」


 鈍感なオニキスが一人で大笑いしている。

 オニキスの視線が、エンジェルに移った。


「ボディーと言えば、この子も、こりゃ博物館入りだね。バイオボディーじゃないか。スゴイな。タイプはAか」

「エンジェルよ」

「ANGELか。まるで、オリジナルヒューマンみたいだ」


 とつぜん、オニキスの口から重要なキーワードがとびだしてきた。

 ジェイドはドキッとした。

 EDも真顔になって、用件を切りだす。


「オニキス。じつはここへは、そのことが知りたくて来たんだ」


 オニキスは自分のなにげない言葉が、ジェイドたちにおよぼした波紋に、とまどっている。


「ええ……というと?」

「オリジナルヒューマンについて教えてほしい」

「かまわんが、なんだってそんなに真剣なんだ? おまえさんたち」

「いろいろ事情があって」

「よし。よかろう。では、教えてあげようではないか」


 オニキスは語りだした。

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