四章 フューチャー 2—2


 ジェイドたちはドクの住居へ行った。

 エンジェルは食事をし眠った。

 ジェイドとEDは砂だらけになったボディを整備し、新鮮なオイルを飲んだ。


 ジェイドは水中を流されているうちに、あちこち岩にぶつけたようだ。人工皮膚を何か所も切りさかれていた。

 ガーデンシティで配給してくれる樹脂と顔料をもらってきて、傷をふさいだ。

 樹脂に顔料をまぜ、自分の皮膚と同じ色にして、やぶれた人工皮膚に塗布するのだ。まにあわせなので、ふさいだところが少し盛りあがっている。


「ベースキャンプに戻ったら、人工皮膚を全部つけかえたほうがいいかな」


 肌の色あいや毛髪の色も、少し変えてみようかと思う。

 これまで長いあいだ、明るいブラウンの髪と白い肌、ブルーグレーの瞳にしていたが、オリジナルボディの黒髪、黒い瞳に戻してみようと思った。

 なぜ、急にそんなふうに考えたのかは、自分でもわからないが。


 エンジェルが眠っているのを見て、ジェイドはEDと相談した。エンジェルを起こさないよう、小声でささやきかわす。


「エンジェルをどうする? ここに残していくのか?」


「エンジェルは生身だ。ここの環境が最適ではある。だからこそ、ドクも、エンジェルを研究所からガーデンシティにつれてきたのだろう」


「そうだけど、なんか心配だな。ドクが帰ってきて、つれていったりしないだろうか? それに犯人のやつが、パールを殺したのは、自分の正体に、おれたちが迫ってるからだろ? おれたちを一人ずつ、皆殺しにするつもりだったのかもしれない。もしそうなら、エンジェルも狙われるんじゃないか?」


 エンジェルの身が心配だったのは事実だ。

 だが、あるいはジェイドは、エンジェルから離れたくないだけではないかと、自分で自分の気持ちを疑った。


 EDは真剣に思案する。


「パールを殺したのはドクだろうか? ドクこそが、これまでの殺人の犯人なのか?」


 その判断は難しいところだ。


 ドクが殺人を犯すような故障回路の持ちぬしだとは思えない。

 しかし、ドクは自分たちがロボットだということを知っている。

 つまり、厳密には、ロボットがロボットを破壊したって“殺人”にはならない。それを理解した上でなら、あるいは同類を破壊することもできるかもしれない。


 あのとき、ジェイドは研究所の敷地のなかを、すみからすみまで調べた。不審人物は一人もいなかった。


 それは、ドクのように休止モードになって調整機に入っていれば、ジェイドに気づかれることなく、ひそんでいることはできた。


 だが、それなら、ドクはなんのために、調整機のなかに隠れていたのだろう?

 地下二階へジェイドたちをおびきだすためだとしたら、なぜ、そんなことをしたのか?

 あの水流のなかで、ジェイドたちを殺してしまおうとしたのだろうか?


(いや、違う。ドクはそんなヤツじゃない。ドクがアンバーを殺したヤツだなんて……ありえない)


 仮にドクが犯人なら、エヴァンがあんなメッセージを残すはずがない。もしものときにはドクを訪ねろなんて。むやみに犯人に近づけば危険なことは、わかりきっている。エヴァンは別の誰かを疑っていたからこそ、ドクを頼れと言ったのだ。


(でも、エヴァンがあのメッセージを録画したのは事故にあう前だ。ことによると、エヴァンが疑っていた人物は真犯人じゃなかったって可能性もある。ドクにそのことを相談しに行って、油断しているところを襲われた……ってことも……)


 ドクなら、エヴァンのベースキャンプのカギを受けとっていても不思議はない。

 マーブルだって、エヴァンを通じて、ドクのことはよく知っていた。ドクなら安心して部屋に招き入れただろう。

 キューブシティーの住民権のことは謎だが、それもいずれ説明がつくかもしれない。


 疑い始めるとキリがなかった。

 ジェイドは首をふって、その考えを打ち消そうとした。


「きっと、ドクは犯人におどされてたんだ。それか、友達の犯人のことが、かわいそうになった。そいつをかばって、あんな方法で、おれたちを追いはらったんだよ。きっと、そうだ」


 EDは答えない。

 EDはドクとは知りあったばかりだ。

 ドクを犯人と決めつけているのだろう。


「もしも、ドクが犯人なら、彼は我々とともにエンジェルも殺そうとしたことになる。ドクがやってくるかもしれない、この街にエンジェルを残していくことはできないな」


 EDがそう言うので、話はまとまった。

 けっきょく、エンジェルをつれて、三人でファーストシティへ行くことになった。


 荷物をなくしたので、旅支度は一から、やりなおしだ。クーラーボックスやキャリーケースを買いこみ、街の木々から実をもいで、食料品を調達する。

 ドクの部屋からは、エンジェル用の真空パックやカンヅメ、調味料も見つかった。


 旅費かせぎに、この街の配給の樹脂や防水ワックスなどを受けとったから、研究所へ向かったときより、さらに大荷物になった。


「パールがいなくなったんだから、エド。あんたも荷物、背負えよな」

「ことわる」

「あんた、そんなこと言ってられると思ってんの? エンジェルのためだろ?」


 すると、EDは高慢にあごをそらし、いつもの小バカにした目で、ジェイドを見る。


「荷物を背負うと、翼の機能がフル活用できない。おまえのような旧式と、私は違うのだ」


(くそ。こいつめ……)


 ジェイドが歯がみしていると、EDは宣言した。


「要するに、エアボートがあればいいのだろう?」


 エアボートは便利だ。

 しかたないので、不愉快な発言はおおめに見てやる。正直なことを言うと、親友のエヴァンでさえ、ときどき、カチンと来ることがあったのだ。


「エアボート、借りてくれるのか?」

「購入すればいい」

「わッ。あんたって金持ちだなぁ」


 素直に感心したのだが、EDのおもてはくもった。


「マーブルのおかげだ。彼女のボディを売ったから」

「……売ったのか」


「頭部こそ破壊されていたが、ボディは最新モデルだった。マーブルのボディを使いたいというMがいたんだ。私もマーブルの体が廃棄されてしまうより、そのほうがいいと思った」


 ジェイドは陰鬱いんうつな表情のEDのよこ顔をながめた。


「マーブルは言ってた。あんたは、ほんとはAとペアを組みたいんだって。自分が甘えたいときだけ、わたしのところへ来るんだって」


 EDは皮肉に笑った。


「それは、おたがいさまだろう? パールは、おまえのAの代理だった」


「そうさ。だから、よけいにすまなく思う。どんなにしても、おれの気持ちは変えられないのに、おれのために尽くして、命まで落として——おれが殺したも同然だ」


「だが、パールはそうするしかなかった。そういうふうに我々は造られているからだ。私もそうだ。私だって、マーブルのことは好きだった。いっしょにいれば気持ちが安らいだ。それでも、情熱をかきたてられるのは、いつもAなんだ」


 パールが殺される直前、同じような話をした。

 そのときにも、ジェイドは考えた。


 なぜ、おれたちは、そうなのか。

 この心を支配している感情はなんなのか。

 答えなど、出るはずもないのに。

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