四章 フューチャー 3—1

 3



「あーあー。そもそも人類はどこから来たのか。宇宙のかなたより飛来し、この星を人類の楽園となさんがため、神は我々を創りたもうた」


 うさんくさい預言者みたいな世迷いごとを、ふざけた口調でオニキスは言いだす。


 ジェイドは張りつめていた感情抑制値が、いっぺんにゆるくなってしまった。


「おいおい。おっさん。おれたち真剣なんだ。冗談はドラム缶につめて、使用済みオイルのリサイクル工場にすててきてくれよ」


 オニキスはカラカラと笑う。

 からかわれたのだと、ジェイドは思った。

 すると、オニキスのパートナーのサファイアが、微笑みながらフォローに入った。


「ごめんなさいね。この人、こんなだけど、これでマジメなのよ。だまされたと思って最後まで聞いてあげて——ね、みなさん。オイルはいかが? おいしいフレーバーオイルがあるのよ」


 気をきかせて、サファイアはオイルをとりに調整ルームへ行った。

 Sタイプの女は、もともと気性がサッパリしている。サファイアはその上、Pのチップを二つも持っているので、戦闘面で補強されているせいか、ボーイッシュなふんいきがある。

 とは言え、基本人格の年齢設定が三十代なので、態度は落ちついている。


 サファイアが出ていくと、ジェイドはオニキスに向きなおった。


「マジメ? あれがマジメな話だって?」

「いや、すまん。どうも僕の口調は誤解されやすいんだがね。ウソじゃない。この数百万年、研究してきた成果をひとことで表すなら、ああなる」

「ええ? ウソだろう?」

「いや、ホント、ホント」


 オニキスは真剣な顔を作った。だが、成功とは言えないで、口元に笑いをこらえた子どもみたいな表情が残っている。なんともウソっぽい。


「急には信じられんかもしれんがね。僕がオリジナルヒューマンの存在を追うようになったのは、人類の歴史をデータとして残しておきたいと思ったことから始まった。ふむ。ま、始まったんだ」


 ステンレス製のかたいソファの上で、すわり心地が悪そうにお尻をクリクリさせていたエンジェルが、ケラケラ笑いだす。


「やだ。この人、変」


 EDが自分の旅行用マントをたたんで、エンジェルのお尻の下にしきながら、ささやいた。


「しッ。気を悪くする。オニキスは変人だが、これでも繊細せんさいなんだ。そうは見えないかもしれないがね」


 オニキスはまぶたをゆっくりおろして、目を半眼にした。


「あいかわらずだねえ、ED。悪いが聞こえてるよ」


 なんだか、ジェイドのほうが気をつかってしまう。ここには気をつかうメンバーが他にいないことが、今のやりとりで充分わかった。


「それで、どんな研究なんだ? スゴイ研究なんだろ? おれ、聞きたいなぁ」


 気をよくして、オニキスは口をひらく。


「うむ。人類はボディのメンテナンスさえすれば、半永久的に生き続けられる。しかるに、長く生きれば、そのぶん記憶量も膨大になり、古い記憶から消去していかざるを得ない。

 バックアップデータをディスクに残している者もあるが、そのデータそのものが壊れたり、うっかり消去してしまったり、紛失したりして、今では昔のことをおぼえている人間はほとんどいない。

 その失われた部分を解明し、全タイプ共通の記憶として残してはおけないかと考えたのだ。高尚な考えだろう? ほめてくれていいぞ」


 ほめてほしそうだったので、ジェイドはそうした。たっぷり三分間くらい、称賛の雨あられをふらしてやる。


 オニキスは満足げに続きを話した。

 ちなみに、オニキスは自分たちがロボットだということは知らないようだ。オニキスの言う人類とは、ジェイドたちアンドロイドのことだ。


「うむ。そうなるとだ。むろん、最初にするべきは、オリジナルボディの二十六体を探すことだ。彼らを見つけることができれば、あるいは彼らの持つ古い記憶を発見できるかもしれない。なにしろ、ちょくせつ神と話したのは、彼らだけなんだからな」


 EDが補足する。


「私がオニキスと知りあったのも、このころだ。オニキスはオリジナルに近い型式を持つ者に、かたっぱしから面会を申しこんでいた。私は型式が二ケタしかないので、面会を求められた」


 なるほど。そう言われてみると、そうだ。


「そうだった。EDって、オリジナルの分身だもんな。マーブルが言ってた」


 EDはうなずき、説明する。


「Eオリジナルは、誰とも人格チップをまぜあわせる前に、まず、二十五体の分身を造った。そのそれぞれに、自分以外の二十五タイプのオリジナルの知識チップをコピーして組みこんだ。つまり、EAからEZまでの二十五体を。

 自分自身のオリジナルパーソナリティを守るためだろう。知識チップをまぜるだけでも、多少、性格や嗜好しこうが変わる。Eオリジナルには、それが許せなかったのだろうと考える。だから、生きているとしたら、彼は今でも、型式一桁のEのままだと思う」


 ジェイドはちょっと、あきれた。

 今時、型式一桁のままでいるヤツがいるなんて思いもしなかった。


 EDは続ける。


「私は初めてセットアップされたのち、しばらく、Eオリジナルのもとで助手をつとめていた。

 当時はこの星も、今よりはるかに危険な場所だった。たえず火山が噴火し、大地は鳴動し、ガスと火山灰で空はおおいつくされ、海は沸騰ふっとうしていた。大雨が続いたあとに日照りが続き、大陸と大陸がついたり離れたりしていた。

 浮遊形のキューブシティが造られたのは、そのころの自然現象の影響を受けないようにするためだった。

 竜どころか、もっと原始的な単細胞生物が、やっと誕生したばかりの時代だ。

 Eオリジナルは、そんな星で人間が生きていけるよう、ドームシティの建設に尽力した。ファーストシティー、キューブシティー、オレンジシティー、ガーデンシティー。初期のドームシティは、すべて彼の設計によるものだ。

 Eはドームシティの建設とともに、人類を増やすことにも力をそそいだ。工場の建設。鉱脈や資源の確保。自分の分身や他のタイプの分身を積極的に造った。それが神の意思だと、Eは信じていた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る