三章 クリーチャー 3—3
しかし、EDは何かに思いあたったようだ。そのまま、一人、黙々と考えこんでしまう。
ジェイドはたずねた。
「オリジナルヒューマン? オリジナルボディの二十六体のことか?」
ドクの目が、また哀れむようになる。
「エヴァンは強いよ。この事実を一人でつきとめ、受けとめたのだからな。エヴァンは悲嘆するどころか、バイオボディの研究をしている僕のもとへ、有用な情報として伝えにきた。
僕の研究は、当時、
あれでもマシとは、ジェイドには想像もつかない。
ドクの独白は続く。
「そういう僕の苦労を、エヴァンは知っていたからね。自分の研究調査の結果が、君の役に立つかもしれないと言い、エヴァンは告げた」
「……何を?」
きぜんと問いただしたつもりだったが、ジェイドの声はかすれていた。
今この瞬間に、ドクが告げようとしていることは、ジェイドのAIでは処理しきれないほどの重大事であることがわかっていたからだ。
これ以上は聞かないほうがいいと、頭の奥で何かが警告していた。
神によって造られ、プログラムされた、この人工知能が。
しかし、ジェイドは問いかけた。
「エヴァンは、何を告げたんだ?」
ドクはジェイドの目を見つめた。
「……人間の遺伝子の存在を」
人間の……?
ドクは何を言いだすんだ?
「バカ言うなよ! 人間に遺伝子なんてないだろ? あるのはプログラムと設計図だ!」
ためらいがちに、ドクは口をひらこうとした。
が、そのときだ。
どこかから悲鳴が聞こえた。
女の声——エンジェルだ。
「エンジェル? どうしたんだ?」
ジェイドは気が動転した。
EDのほうが反応が速い。
悲鳴を聞いて、すぐに走りだしていく。
ドクが追い、あわてて、ジェイドも二人についていった。
悲鳴や争う音が建物のなかに反響している。
ジェイドは、ふと気づいた。
ここにいるのは、ジェイド、ED、ドク。
では、パールは?
「ドク。パールはどこへ行ったんだ? あんたを起こしたあと?」
ドクは答えない。それよりも、早く争う物音のもとへ行きたいのだろう。
答えを聞く必要はなかった。
まもなく、ジェイドたちはその場所にかけつけた。
研究室の外。ぬけ道から続く廊下にならぶ部屋の一つ。エンジェルを眠らせた部屋だ。
パールはそのなかにいた。
エンジェルの首をにぎりしめて、今にも絞め殺そうとしている。
「パール!」
ジェイドは叫び、かけよろうとした。
が、そのときには、すでにEDが翼のスタンガンをかまえ、パールの
パールは一瞬で床にくずれおちた。
「エンジェル! しっかりしろ!」
「エンジェル!」
ジェイドとEDが同時にかけよる。
幸いにも、エンジェルには意識があった。
しかし、激しくせきこむ。その首すじには、くっきりとパールの指のあとがついている。
「パール! なんで、こんなヒドイことをするんだ。君が人に対して破壊行為をするなんて!」
ジェイドが責めると、パールは強い口調で反論する。首から下はEDのスタンガンのせいでマヒしているが、話すことはできるのだ。
「破壊行為じゃない。この子は動物よ。それも、進化の道を乱した動物だわ。処分するのは神の意思よ」
そう言えば、そうだった。
パールは初めから言っていた。
エンジェルを人ではないと。
いつか自分の手で始末しようと、機会をうかがっていたということか……。
「そのために、おれやEDを探索に誘って、エンジェルから引き離したんだな」
「そうよ。EDがこの子から離れたから、今しかないと思った。あのまんなかのハッチの奥は調べずに、あなたがいなくなったあと、すぐに出てきたの」
ハッチは手で押さえたままにしておけば、カギがいらない。
ジェイドは、ため息をついた。
「じゃあ、なんで、ドクを起こしたんだ?」
「時間かせぎよ」と、パールは答える。
「合流時間になったら、わたしがいないことに気づくでしょ? ドクにひきとめてもらおうと考えたけど、役に立たなかったわね」
そして、パールは侮蔑的な目をエンジェルに向ける。
「ジェイド。実験室の奥に何があったの? この子、やっぱり、人間じゃなかったんでしょ?」
ジェイドには答えられなかった。
そんな残酷なこと、エンジェルの前で言えるわけがない。
だまりこむジェイドのかわりに、ドクが言う。おごそかな口調だ。
「君はまちがっている。パール。君は、もう少しで、神殺しの大罪を犯すところだったんだぞ。エンジェルこそ、君の言う“神”だ」
ドクの言葉の意味がわからない。
ジェイドはドクをふりあおいだ。EDも。パールも。
みんなの視線がドクに集中する。
ドクは悲しげな目をして告げた。
「神は我々を創造した。エンジェルは、その神の遺伝子を継ぐ、たった一人の、この世で最後の人間だ」
たった一人……この世で最後の……人間……。
「ドクの言ってることが……わからないよ」
いや、わからないのではない。わかりたくないのだ。
ジェイドは自分の信じていた世界が、どこか手のとどかない彼方へ遠のいていくような感覚に見舞われた。自分自身の存在さえも、遠く。
「じゃあ……おれたちは? 今ここにいる、おれたちはなんなんだ?」
ドクの答えが無情にひびく。
「ロボットだ。我々は人の手によって造られた、アンドロイドなんだ」
ジェイドの意識は空白になった。
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